武蔵野五輪弾圧救援会

2021年7月16日に東京都武蔵野市で行なわれた五輪組織委員会主催の「聖火」セレモニーに抗議した黒岩さんが、『威力業務妨害』で不当逮捕・起訴され、139日も勾留された。2022年9月5日の東京地裁立川支部(裁判長・竹下雄)判決は、懲役1年、執行猶予3年、未決算入50日の重い判決を出した。即日控訴、私たちは無罪判決をめざして活動している。カンパ送先⇒郵便振替00150-8-66752(口座名:三多摩労働者法律センター)、 通信欄に「7・16救援カンパ」と明記

検察の主張に弁護側が反論…「何も壊さず誰も傷つけずにコロナ禍五輪強行反対を表現した黒岩さんを罰すべきか」に、検察は何も答えていない

       検察官答弁書に対する反論

 

 

                      

 

東京高等裁判所第2刑事部 御中

 

 

               弁 護 人(主任) 弁護士   吉 田  哲 也

   

 

 弁護人らは、頭書事件についての2023年5月30日付検察官答弁書(以下、単に「答弁書」という。)の3頁以下の「第2 理由」の4項「弁護人の主張に理由がないこと」に対し、以下のとおり反論する。

 

第1 「⑴ 事実誤認の主張について」の「イ」(答弁書の4頁6行目以下)に対する反論

 1⑴ 「(ア)について」に対する反論

  ア 検察官は、被告人の本件行為後から本件当日の17時36分32秒までの間に本件イベント会場から退場した退出者数の合計が104名であり、これは当日の参加予定者たる175名と大きな乖離があるから、上記17時36分32秒が最終退場者であったとする主張は採用できない、と答弁する。

  イ しかし、①被告人の行為がなされた時刻は本件イベント当日の17時14分頃であるところ、甲16によればそれ以前の16時58分から上記時刻までの間に本件イベント会場から退出した退場者数は44名である。が、この44名と前出104名と合計は148名であり、検察官が答弁する程に175名との乖離は大きくないこと、②本件イベント開催当時は新型コロナウィルスによる感染症の拡大が猖獗を極めており欠席者が複数いた可能性があること、③招待客の中には組織委招待者が50名予定されておりこれらの者の中には一般客の退場とは異なり暫く会場内に残留して関係者等との打合せ等を行った者も含まれる可能性があること、④前出17時36分32秒以降に退出する人物はほぼ途絶えており、その時刻以降に退出した退場者がいたとしてもそれがUらの指示によって退出が遅延した者であるとは評価できないこと(退場口付近において17時35分から同51分まで実施された実況見分(甲3)のため足止めされた者がいる可能性も考慮されるべきである)等を考慮すると、弁護人らの主張するとおり上記17時36分32秒が最終退場者であったとすることが合理的である。

  ⑵ア また検察官は、松下武蔵野市長が17時19分に退出していることをもって本件イベントがその数分前に終了していたことが容易に想定できるとしたうえで、その想定されるイベント終了時から上記17時36分32秒までの間隔についてUが「20分くらい」と考えても不自然ではないから、Uの証言が客観的事実に反しているとは言えないと答弁する。

   イ しかしながら上記検察官の答弁は、松下市長含め本件イベントの参加者は本件イベントのすべてが終了してから退出をするものであり、上記松下市長についてもまた同様である、ということを所与の前提とするものである。

しかしながら、検察官が想定する本件イベントの終了時以前の16時58分から被告人の行為がなされた17時14分までの間に44名の退出者がいたことは上記⑴イのとおりであるから、本件イベントのすべてが終了せずとも参加者が会場から退出することを何ら妨げられないことは明らかなのであって、上記前提自体に理由がない。そもそも17時19分に松下市長がなした本件会場からの退場が本件イベントのすべてが終了してからなされたものである、ということについてもまた、確たる根拠があるわけではない。

   ウ 以上のとおり、検察官の答弁は、本件会場からの参加者の退場が終了した17時36分32秒から20分間遡行したうえで、その20分の遡行に辻褄を合わせるべく本件イベントの終了時間を想定したものでしかなく、何ら理由を伴うものではない。

   エ 本件イベントの最終項目たる「フォトセッション」(弁3の14枚目、15枚目)は17時26分に終了予定とされ、参加者の退場にはその後10分間を要すると想定されていたところ(弁3の14枚目、15枚目)、本件イベントは予定より3分程度早く終了したということは弁3末尾のとおりであり、17時23分頃に一挙に34名もの参加者が会場から退出している(弁護人ら控訴趣意書7頁)こともこれと符合する。

そうすると本件イベントのすべてが終了したのは早くても17時20分頃であり、その10分後の17時30分過ぎには参加者の退場が終了すると見込まれていたところ、最終的には17時36分32秒に退場が完了したのであるから、退場が遅延したのは長く見積もって6分程度である旨の弁護人らの主張に誤りはない。

⑶ また検察官は、17時23分37秒から同27分56秒まで退場者が途絶えていることについて「被告人の身柄が確保されて安全が確認されるまで、参加者の退場が中断したことをうかがわせる事情」と答弁する。

しかし被告人は17時14分過ぎには現行犯逮捕されて身柄を確保され、同16分ないし23分の間に刑事訴訟法第220条1項2号に基づく捜索差押を執行されている(甲7)。すなわち、17時23分37秒の時点で被告人は身柄を確保されて上記捜索差押も終了する間際だったのであるから、退場する参加者の「安全」もまたその時点でとっくに確保されていた(上記捜索差押の執行中に執行場所のすぐ脇を通って34人もの参加者が退出していることについては前頁「エ」のとおり)。

参加者の退場が中断したのは、その後同26分過ぎに護送用の車両が来るまで警察が被告人の身柄を確保したまま会場敷地内に留め置いたことに起因するものであり、これを被告人に帰責することはできない。

  ⑷ 以上のとおりであり、検察官の答弁は失当である。

 2 「(イ)について」に対する反論

   原判決の事実認定が甲16から確認できる客観的事実さえ踏まえることなく検察官の主張あるいはUの証言をなぞっただけであることは弁護人ら控訴趣意書のとおりである。

 3 「(ウ)について」に対する反論

   検察官の答弁が述べるような事実認定に基づくのであれば、「罪となるべき事実」の記載が誤りであることは明らかである。

 

第2 「⑵ 構成要件該当性について」の「イ」(答弁書の6頁14行目以下)に対する反論

 1 弁護人の主張の前提

  ⑴ 威力業務妨害罪の「威力」該当性、すなわち人の意思を制圧するに足りる勢力であるか否かについては、

ア 「個々の行為がこれに当たるかは、犯行の具体的態様、程度、当時の状況、行為者の動機、目的、業務の種類、性質、内容、被害者の地位等の諸事情を考慮」して判断するものとされ、

イ その判断は、普通人が当該被害者のような事情の下に置かれたならばその自由意思が抑圧されるかどうかによって決定されるもの、と解されている(アについて最高裁判所判例解説平成4年刑事編149頁及び169頁、イについて同153頁の「(注10)」。なお、イについて大阪地裁2014年7月4日判決判例タイムズ1416号380頁参照)。

ウ 「威力」該当性の判断にとって最も重要であるのは、被告人の行為によて混乱が生じて被害者が対応を余儀なくされたか否かではなく、被告人によって作出された状態が被害者をして「恐怖感や嫌悪感を抱かせて同人を畏怖させ」てその意思を抑圧し、以後の業務遂行を不可能にさせるような性質であったのか否か、業務遂行に著しく困難を覚えあるいは断念せねばならないほどに意思を制圧され、それによって以後自己の業務を遂行し得なくなるという結果の抽象的危険が発生したのか否か、ということである(控訴趣意書10ないし11頁)。

エ 上記アないしウに基づき弁護人らが事実を摘示して行った主張は、その控訴趣意書14頁ないし16頁の⑴等に記載したところ、検察官の答弁は、いずれも弁護人らの主張に対する反論たりえない。

⑴ア まず検察官は、玩具である爆竹について

① 火薬類取締法上の爆薬を含むものであって連続して爆発音を出すことを目的としたものであり、公園での使用が禁止される等一般社会において爆薬を含まない玩具花火等とは異なる取り扱いがなされることがある、

    ② 被告人が本件行為をなした際の爆竹の使用方法が「本来の使用方法」と異なる、

    ③ 模造刀やモデルガンを使用した刑事事件が過去に多数立件され有罪となっている、

    ④ 一部の祭祀等で爆竹が使われているとしても、祭祀等に参加する者はそれを認識したうえで参加しているから、このことをもって被告人の行為が「威力」該当性を否定するものではない、

    等と答弁する(答弁書の6頁ないし7頁)。

イ しかしながら、検察官がその答弁で摘示する公益社団法人日本煙火協会のホームページには爆竹の「本来の使用方法」なる標目は存在せず、ただ「遊び方のポイント」という項目の中に検察官が摘示する方法が記載されているに過ぎないし、同ホームページには被告人が本件行為においてなした爆竹の使用方法についてそれが「厳禁」である旨の記載も存在しない。

また、検察官はモデルガンや模造刀が使用された例を挙げるところ、本件では被告人は爆発音を出す玩具煙火たる爆竹をその本来の属性のまま用いているのだから、顕著な殺傷能力を有ししたがって銃砲刀剣類所持法でその所持に許可が必要とされてる刀剣類・銃器類と誤認させる意図でモデルガンや模造刀が使用された例と本件とでは完全に事案を異にするのであり、無意味な答弁である。

そして爆竹が玩具煙火であり火薬類取締法上の爆薬を含むものの当該爆薬が爆発音を出すためのものに限られていることは検察官も摘示するところであり、爆竹が子供も自由に購入し使用することができる玩具であることには変わりはない。

 ウ そもそも弁護人らは爆竹が玩具であるとの一事をもって被告人の行為が「威力」に該当しないという主張などしていない。

Uは爆発音を出す玩具たる爆竹を手にした被告人が点火して使用しようとしたことを認識し(U調書9頁ないし11頁)、したがって同点火によって当該爆竹が爆発音を出すことを当然予想したものである。 

「威力」該当性を判断するための考慮要素と判断基準は前頁の1項アないしウのとおりであるところ、この判断にあたって検討されるべき上記本件当時の証人Uの認識を含む同人の周囲の状況について原審は何ら審理も判断もしておらず、したがって刑法第234条の適用を誤ったものである、と弁護人らは主張するものである(控訴趣意書14頁ないし18頁)。

答弁書の6頁ないし7頁で縷々述べられた本項アの①ないし④はいずれも上記弁護人らの主張に対する反論となるものではなく、検察官の答弁は無意味である。

⑵ア 検察官は、「本件犯行時の周囲の状況」(答弁書の7頁24行目以降)として、

    ① 「一般人の立入りが規制されていた本件イベント会場において、花火や火気の使用は想定されていなかったこと」

    ② 「投てきした場所は子供を含めた一般人が多数通行していた歩道上」であり、

③ 爆竹が炸裂した場所が「それなりの数のスタッフが待機していた会場敷地内」であった

旨を述べる。

イ しかしながら上記ア①は、被告人とは異なり本件イベント会場内に入場することを許された招待客等であって手荷物検査(U調書2頁ないし3頁)を経た上で同会場内に立ち入った者が、実は上記検査を潜り抜けて爆竹を隠し持っており同会場内においてそれに点火して爆発音を発生させる、という事態の発生をUらが認識することはないであろう、という以上の意味はないのだから、本件における「威力」該当性の判断において考慮すべき要素たりえない。

ウ 本件において被害者とされている人物はUであり、歩道を通行していた子供を含む一般人という不特定多数人の業務に対する妨害の結果発生の危険性の有無が問われているものではない。また威力業務妨害罪は「信用及び業務に対する罪」であって公共の危険に対する罪ではない。

そして投てき場所が一般人が通行する歩道である(上記ア②)か否かということは、被告人の行為によって本件で被害者とされるUが恐怖感や嫌悪感を抱いて畏怖した結果その意思を抑圧され、以後の業務遂行を不可能にさせるような性質であったのか否か、という「威力」該当性判断との関連性を欠くものであり、本件における「威力」該当性の判断において考慮すべき要素たりえない。すなわち、本件被告人は横断歩道を渡って真っすぐに本件イベント会場敷地と歩道を隔てるバリケードのすぐ手前の位置まで赴いているところ、同位置は上記歩道を歩行者が通行しているスペースから数m離れた歩道の端に位置することに加え被告人はその位置から上記スペースとは反対側の本件イベント会場敷地内たる上記バリケード内に爆竹を投てきしたのであるから(甲16)、本件で「威力」該当性を判断するにあたって本件投てき場所が「子供を含めた一般人が多数通行していた歩道」上であったことに特段の意味はない。

畢竟「子供を含めた」という記載に顕著なとおり、検察官の答弁は「威力」すなわち業務妨害の危険性判断とは無関係にただ被告人の行為の「悪質性」ないし「不相当性」を喧伝するものでしかない。

エ そして爆竹が炸裂した場所たる「それなりの数のスタッフが待機していた会場敷地内」(上記ア③)についても、同場所付近の「スタッフ」のすぐ背後の会場敷地内では多数の制服私服の警察官が待機し、かつ上記「スタッフ」はUとともに本件イベントが開催される以前から同イベントに対する抗議行動の存在を予想し、これへの対処について意思一致を行い、かつ本件で爆竹が炸裂した当時自分たちから指呼の距離において上記多数の警察官が不測の事態に備えて待機していることを熟知していた各事実について、弁護人らは控訴趣意書14頁ないし17頁で摘示したにもかかわらず、検察官の答弁は何らこれに応えるものではない。

オ 以上のとおり、上記アの①ないし③はいずれも被告人の行為が「威力」に該当するか否かの判断にあたって考慮されるべき「周囲の状況」との関連性が極めて希薄であり、したがって検察官の上記答弁は失当である。

⑶ア 検察官は「被告人の行動」(答弁書の8頁)として、

① 「およそ火気の使用が想定されていない本件イベント会場及びその至近で爆竹が投てきされて実際に爆発し、またその人物が柵を乗り越えて侵入しようとすれば、そのような行動を起こした人物の意図は全く不明であり」

    ② 「またそのような人物がその後どのような行動に出るのか全く予想できない」から、「驚きや少なからぬ畏怖を感じるのは当然」

    と答弁する。

   イ しかしながら、まず上記ア①については、

(ア)本件イベント会場内で火気の使用が想定されていないことが本件における「威力」該当性の判断において考慮すべき要素たりえないことは本書面7頁イのとおりであり、このことは「その至近」などという言葉を潜り込ませたところで些かも変わるところがない。

(イ)検察官も摘示するとおり一般人の立入りが規制された本件イベント会場において本件当時開催されていたイベントとは2020年東京オリパラの聖火リレーに関する行事である。

そして被告人による行為当時には、コロナウィルスによる感染症の拡大が拡大しているにもかかわらず上記行事及びオリパラが強行されようとしていること等については疑問・反対・抗議の声が大きく上がり(弁2、弁4)、本件イベントの開催当日も、被告人が本件現場に到着する以前から被告人の行為がなされた場所付近において抗議行動が行われていた(T調書)。

そしてUらがこの抗議行動を予想しこれへの対処について事前に意思一致を行っていたこと、かつ同人らが被告人の行為時において自分達から指呼の距離において多数の警察官が不測の事態に備えて警戒中であることを熟知していたことは本書面8頁「エ」のとおりである。

(ウ)しかもUは本件現場付近に現れた被告人の挙動に不審を感じて同人を追尾しその動向を監視していたことに加え(甲16の17:13:46以降)、被告人の登場以前から本件イベント会場付近の歩道上において同イベントに対する抗議行動を行っていた人物と被告人とがアイコンタクトをしたかのように認識した(U調書8ないし9頁)というのであるから、当時のUの「統括」たる地位(U調書3頁ないし5頁、16頁、20頁等)、Uが本件イベンとの開催以前にスタッフとの打合せにおいて本件イベントに対する抗議活動の存在を予期しこれへの対処も想定していたこと(U調書28頁)からすれば、本件被告人の行為に接したUにおいて、これが東京オリパラあるいは本件イベントに対する反対・抗議の意思表明としてなされたものであると考えることはごく自然である。

(エ)したがって上記ア①の検察官の答弁は、「威力」該当性の判断において考慮されるべき周囲の状況、及び「被害者」たるUらの地位等(上記(ア)ないし(ウ))についての具体的な事実を検討することなく単なる一般論に終始するものである。

ウ また被告人の行為によってUらが「驚きや少なからぬ畏怖を感じ」(上記ア②)たとしても、「威力」に該当するか否かは、当該「驚き」や「畏怖」が当時のUらの周囲の状況からして以後同人らをして業務遂行に著しく困難を覚えあるいはこれを断念せねばならないほどにその意思を制圧されるものであってUらが自己の業務を遂行し得なくなるという結果の抽象的危険を有するか否かという点から決せられるのであるから、当該「驚き」や「畏怖」が「当然である」か否かなど弁護人らは問題としていない。

エ したがって検察官の答弁は、何ら弁護人らの控訴趣意書に対する反論たりうるものではない。

⑷ア 検察官は答弁書8頁ないし9頁の(「(イ)について」において、

① 「爆竹を手にした者が誰でも当然にそれを爆発させ、投げ入れたりするものではな」く、

② 「本件イベント会場では、爆竹の使用は予定されていないのであるから、会場付近に爆竹を持っている人物がいること自体が予想外であるし」、

③ 「本件イベント会場内に投てきされるなどということは全くの想定外」であるから

 被告人の行為がUにとって「突然」の事象である旨を答弁する。

イ しかしながら、

(ア) まず、甲16の17:13:56からの映像によれば、Uは被告人が爆竹を取り出しさらにライターを取り出したのを見て背後を振り返り本件会場敷地内にいた警官を呼び、その後すぐ再度被告人に向き直ったところ被告人が爆竹に点火し始め、爆竹の導火線が白煙を上げ始めていることが確認できる。

すなわち、爆竹が爆発音を出す玩具煙火であることは公知の事実であるところ、本書面10頁「イ」の「(ウ)」とおり本件において被告人の挙動に不審さを感じてこれを追尾したUは、爆竹を取り出しこれに点火しようとライターを取り出した被告人を目にし、被告人がこれに点火して爆発音を生じさせる意図を有していると予想したからこそ直ちに会場敷地内の警察官を呼んだのであり、その後再度被告人に向き直ったところまさしく同人の予想通りに被告人が爆竹に点火するところだったのである。

したがって甲16によって確認できる上記の事実関係を無視した上記ア①は無意味な一般論でしかない。

(イ)そして、本件イベント会場内で火気の使用が想定されていないこと(上記ア②)が本件における「威力」該当性の判断において考慮すべき要素たりえないことは本書面7頁イのとおりである。

のみならず、そもそもこれまでの検察官の答弁も踏まえて上記ア②に拠る場合には、

ⅰ 本件イベント会場内では爆竹の使用が想定されていなかったのであり

ⅱ 本件投てきがされた現場たる歩道は本件会場の外ではあるがその付近であるのだから、

ⅲ 同歩道が子供を含めた一般人が多数通行していた歩道であり、したがって本件イベントに参加しない人物が多数通行する場所であるにもかかわらず、

ⅳ 本件イベントに参加しない子どもを含む通行人が爆竹を購入してそれを所持したまま本件会場周辺の上記歩道を通行する、などということはUらにとっては想像することさえできない「予想外」の事象である、

ということになる。

これが常識を欠落させた奇論珍論であることは論を俟たない(同答弁の論法によれば、弁3の31枚目に記載された持ち込み禁止物あるいは禁止事項によれば、本件イベント会場では参加者が食品を持ち込むことや喫煙することは予定されていないのだから、会場付近に食品を所持しあるいは煙草を所持し喫煙をする人物がいること自体もまたUらにとっては「予想外」であるということになろう)。同答弁をなお維持するのか検察官は真剣に再検討するべきである。

    (ウ)上記ア③もまた、没論理的な上記ア②を前提とする立論であって失当である。

このことは一時措いても、どのような事態が発生するのか一から十まですべて予想することなどおよそ不可能ではあるものの、Uらが本件イベントの開催以前に打合せを重ねて同イベントに対する抗議行動についての対処を協議してきたことはU調書28頁のとおりであるし、Uらにとって本件被告人の行為が「予想外」の事象であったとしてもそれが直ちに「突然」の事象たりえないことは本書面11頁イ(ア)で指摘した事実関係のとおりである。

ウ 以上の次第であり、被告人の行為がUにとって「突然」の事象である旨の検察官の答弁は失当である。百歩譲ってこれが「突然」の事象であったとしても、「威力」該当性についてはなお他の複数の要素を考慮して判断されなければならないことについては弁護人らの控訴趣意書14頁ないし18頁、及び本書面のとおりである。

   エ なお、広島高判1953年5月27日高刑集6巻9号1105頁によれば、現に被害者が思い過ごしをしていた場合であってもそれが事実に反すれば威力該当性が否定されることを説示しているのであり、現にUらにおいて原判決が述べるように「さらに激しい爆発が起こったり、複数人による同様の行為が行われるのではないかと考えた」のかさえ明らかではない本件において想像をもって抽象的危険を認定することはできない。

そして原判決が述べるようにUらが被告人の行為によって「さらに激しい爆発が起こったり、複数人による同様の行為が行われるのではないかと考えた」としても、被告人の行為当時にUが認識していた警察の警備状況からすれば、それが業務遂行に著しく困難を覚えあるいは断念せねばならないほどに意思を制圧され、それによって以後自己の業務を遂行し得なくなるほどの抽象的危険を有するか否かはなお吟味されなければならないものである。

   オ 以上のとおりであるから、検察官の答弁は失当である。

  ⑸ 検察官は答弁書9頁ないし10頁の4行目「(ウ)について」において、

ア 原判決が「本件イベント会場周囲の状況や爆竹の爆発場所や爆発回数、被告人の前後の行動等から「威力」該当性を判断している」と答弁するものの、上記答弁は最高裁判所判例解説平成4年刑事編149頁等で示された考慮要素の項目を列挙するにとどまるものに過ぎないのであって、弁護人らがその控訴趣意書の14頁ないし18頁で摘示した事実に何ら反論するものではない。

繰り返しになるが、弁護人らはその控訴趣意書13頁ないし22頁の事実関係の下において「恐怖感や嫌悪感を抱かせて同人を畏怖させ」てその意思を抑圧し以後の業務遂行を不可能にさせるような性質であること、業務遂行に著しく困難を覚えあるいは断念せねばならないほどに意思を制圧され、それによって以後自己の業務を遂行し得なくなるという結果の抽象的危険が存在することについて、何ら検討することのない原判決は法令の解釈を誤っていると主張しているのであり、これに何ら反論することなくに単に原判決をなぞるだけの検察官答弁は無内容である。

イ(ア)また検察官は「結果が発生していることはそれなりの実行行為が存在したことを推認させるもの」であると答弁する。

(イ)しかしながら、

ⅰ 被告人を現行犯逮捕した警察官は被告人を本件イベント会場敷地内に引きずり込み(甲16の17:15:03~)、

ⅱ 17時23分まで同敷地内において被告人に対する逮捕に伴う捜索差押を行い(甲7)、

ⅲ そのまま被告人を同敷地内に留め置きその後17時26分30秒過ぎに漸く警視庁武蔵野警察署まで連行すべく敷地外に連れ出している(甲16の17:26:30~)。

ⅳ そして被告人が会場敷地内に引きずり込まれてから敷地外に連れ出されるまで、多数の警官隊がバリケード付近に阻止線を張って本件イベント会場とその外との通行を遮断しようとしていた。

ⅴ 甲16によればこの間Uは17時14分17秒にはバリケード前において他のスタッフに指示を出す等業務に復帰していること、また17時15分過ぎに一旦バリケードから会場敷地内に入っていったものの、17時20分15秒過ぎには再びバリケード前歩道に戻って、被告人が本件現場に現れる以前と同様の業務に復帰している様子が確認できる。

(ウ)そうであるから、百歩譲って原判決が言う「結果」たる事象が真実発生していたものであるとしても、それは専ら上記ⅰないしⅳの警察官の措置によって生じた結果であり、警察官がこれらの措置を採らなかった場合にも果たして上記「結果」なるものが生じたか否かは明らかでない。

したがって上記「結果」は、被告人の行為によってUらがその意思を制圧された結果その業務遂行に著しく困難を覚えあるいはこれを断念したことによって生じたものではないのであって、被告人の行為との因果関係を欠く。上記ⅴのUの行動もまたこのことと合致する。

(エ) 以上のとおりであり、「結果が発生していることはそれなりの実行行為が存在したことを推認させるもの」という検察官の答弁は単なる一般論に過ぎず、本件の弁護人らの控訴趣意書に対する反論たりえない。

 

第3 「⑵ 構成要件該当性について」のウ(答弁書10頁5行目以下)に対する反論

  1

 まず検察官は「『当時のU証人らが置かれた事情を捨象して』がいかなる意味かは不明である」と答弁するが(答弁書10頁)、上記「事情」について弁護人らは検察官が引用する控訴趣意書の23頁ないし24頁の他にも14頁ないし18頁等でも摘示するとおりである。

⑴ また検察官は、

    ① 「本件イベント会場の運営を担当していたU証人らが、被告人の行為を制止しようとすることは当然であり、そうであれば」、「U証人への身体の安全への侵害の可能性が認められると判断して、業務妨害の危険性を認定しているのであり、その判断は合理的である」(答弁書10頁)

    ② 「被告人の供述は、多数の爆竹を所持して本件イベント会場敷地内に侵入しようとしたという客観的事実に反するし」、「被告人は爆竹を爆発させることは、オリンピックに反対する抗議の意思表示であると主張するのであるから、会場敷地内侵入後も抗議の意思表示として多数の爆竹を破裂させようと考えていたことは明らか」であるから、被告人の供述は信用できず、したがって「被告人が本件現場で取り押さえられなかった場合、柵を乗り越えて体育館敷地内に侵入し、所持していた爆竹をすべて爆発させるなどの行為に出た可能性が高い」とした原判決に誤りはない(答弁書11頁)

と答弁する。

⑵ しかしながら、まず上記ア①については、

ア 検察官の答弁のように、被告人の行為後に生じた事象である「本件イベント会場の運営を担当していたU証人らが、被告人の行為を制止しようとすること」が「当然」であるというのであれば、それは

(ア)本件行為当時のUの周囲の状況、認識、地位等に鑑みる場合には、被告人の行為を制止するという行為はUらの当然の業務(U調書24頁)であったこと、及び

(イ) 被告人の行為はUらが上記(ア)の業務の遂行に著しく困難を覚えあるいは断念せねばならないほどUらの意思を制圧するものではなく、同人がそれによって以後自己の業務を遂行し得なくなるような危険が存在しなかったこと、

の双方をその前提としてなされている立論である。そして現に被告人の 行為によってもUがその意思を制圧されることなく直ちに被告人の行為を制止してその業務を全うしている事実もまた、本件行為当時のUの周囲の状況、認識、地位等に鑑みる場合には本件行為には上記の抽象的な危険が存在しなかったということを推認させる。

イ また検察官の答弁によれば、「U証人への身体の安全への侵害」の「可能性」もまた、被告人の本件行為に対してUらがその業務たる上記(ア)の「制止」を遂行することを前提として「認められる」ものであるのだから、被告人の行為によってUらが自己の業務を遂行し得なくなるほどに畏怖しその意思を制圧されるか否かという「業務妨害の危険性」の有無の判断に際してこの「可能性」を考慮することは失当である。

  ⑶ そして上記ア②についても、

   ア まず、弁護人らは被告人の供述のみならず、本件イベント会場の警備状況に鑑み、原判決の仮定それ自体が非現実的でありしたがって原判決が言う「可能性」は客観的な実現可能性を欠くものであるから、これを根拠に被告人の行為の「危険性」、あるいは「威力」該当性を判断することは失当であると主張していること(弁護人ら控訴趣意書27頁)に加え、

イ 検察官が答弁するように被告人が「オリンピックに反対する抗議の意思表示として爆竹を爆発させ」たからと言って、そこから直ちに同人が本件行為時において「会場敷地内侵入後も抗議の意思表示として多数の爆竹を破裂させ」ようと考えていたという結論を導くことができるものではない。

   ウ そして、本件イベント会場前に到着した際に被告人は(既にUらが認識していたのと同様に)同会場が多数の警察官によって厳重に警備されているという客観的事実を認識している(被告人調書12頁)。

そうであるから、たとえ多数の爆竹を所持して本件イベント会場前に赴いた被告人において当初は(検察官の答弁のように)「会場敷地内侵入後も抗議の意思表示として多数の爆竹を破裂させ」ることを計画していたとしても、上記警備状況を目の当たりにした被告人において、これから柵を乗り越えて会場敷地内に侵入しようとしてもその段階で警察官らに制圧されることは確実である、と認識したであろうと推認することが合理的である。

その被告人においてなお上記計画を放棄せずこれを遂行する意思を維持したとは到底考えられないのであり、畢竟原判決の言う「可能性」は、客観的にも主観的にも実現可能性を欠いた非現実的な「可能性」を述べているに過ぎない。

   エ したがって、「被告人が本件現場で取り押さえられなかった場合、柵を乗り越えて体育館敷地内に侵入し、所持していた爆竹をすべて爆発させるなどの行為に出た可能性が高い」ことを理由に被告人の行為に「業務妨害の危険性」を肯定した原判決には理由がないのである。

 

第4 「⑶ 被告人の行為に違法性は認められない旨の主張について」について

  以下のとおり、答弁書は控訴趣意書における弁護人らの主張に何ら答えるものでない。

1 構成要件該当性判断の前提となる違法性の判断についての弁護人らの主張に対する答弁がなされていない

⑴ 弁護人らは、控訴趣意書において、構成要件該当性判断の前提として、「形式的に構成要件該当性が認められるような事例であっても、刑罰法規を限定的に解釈して、刑法が当該構成要件に要求するだけの違法性を具備していないとして、刑罰法規の適用を否定する」という考え方に立った裁判例があることを摘示し(具体的には、HS式無熱高周波療法事件、破壊活動防止法の文書頒布罪、労働基本権に関する都教組事件「二重のしばり」論)、本件においても、「威力」や「業務妨害」の該当性判断においては、刑法犯として処罰するに足りる違法性が具備されているかを判断すべきであると主張した(控訴趣意書の11~13頁)。

    答弁書は、弁護人のこの主張に何ら言及することがない。

⑵ 構成要件該当性の判断として、規範的な要素や社会的に相当であるかどうかという判断を読み込むということは、学説上も広く認められている(「社会的に相当な行為はいかなる犯罪の構成要件該当性も認められない」というテーゼ)。

  宮本意見書5頁が指摘するように、「威力業務妨害罪については、構成要件的行為と構成要件結果の双方において、・・自由保障機能が弛緩している」のであり、「基本権行使を含む-本来はその保護を不可欠とする-自由な活動が広く本罪の構成要件に包摂される事態に対して、一定の歯止めを設ける必要も不可欠となる」のである。刑法は、公法の中でも、市民に対する権利侵害性の強度が最も強い法領域であり、刑罰を科すに値するだけの質と量を有する違法性が認められるか、刑法の構成要件該当性の判断においては、行政法や民事法とは異なる視点が必要である。

  検察官の答弁書は、検察官がこのような刑法の適用に関する視座を全く有していないことを自白するものである。

 2 違法性阻却事由についての弁護人らの主張に対する答弁がなされていない

⑴ 答弁書は、控訴趣意書中、分量でいえば控訴趣意書の過半を占めている違法性の議論について、「いずれも【弁護人ら注:違法性阻却事由があるないし可罰的違法性がない】独自の見解を前提とするもので、およそ理由がない」などと6行で斥けている。

    しかし、宮本意見書及びその中で引用した多くの法学研究者の論文や裁判例で示したように、弁護人の控訴趣意書における意見は、決して「独自の見解」ではない。また、答弁書では「前提とする」とあるが、検察官は、「前提」を争っているのか、それとも本件におけるあてはめを争っているのか、その内容が全く明らかでなく、したがって違法性阻却に関する検察官の答弁は無内容であるというほかない。

⑵ 被告人の基本権行使の重要性についての無理解

    原審は、「被告人が本件行為に及んだ目的、場所や時間からすると、本件行為が、東京オリンピックパラリンピックやそれに関連する聖火イベントの開催に抗議するという被告人の思想・考えを示すための表現行為であることは理解できる」として、被告人が本件行為は表現行為としての性質を有することを前提とした。その上で、「これを制限することが、民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならない表現の自由に当たるとする弁護人の主張には一応の理由がある」として、被告人の権利行使と業務妨害罪の保護法益とが衝突する場合であるという問題設定を行った。

    しかし、検察官は、本件行為が被告人の表現の自由の行使であることについて全く無視黙殺し、答弁書中で「表現の自由」という言葉すら使わない。「原判決の判断の要旨」においても、本件行為が表現の自由の行使であるという原審において重要な部分については引用すらしていない。

⑶ 以上のとおりであり、検察官は、原審で何について審理が行われたのか、何について判断が示されたのかについて、(分かっているはずなのに)あえて議論の対象から切り捨て、本件行為が刑法犯として罰せられることにどのような社会的意味があるのかについて目を瞑るものである。

控訴趣意書で指摘したとおり、被告人は、何も壊さず、何者も傷つけず、当時、開催に反対または消極的な意見が過半を占めているような状態であった2020東京大会に抗議するために行動した。この、ささやかだが重要な抗議行動に刑事罰を科すことが適当なのかということが、本件では問われているのであり、検察官はそのことについて正面から答弁すべきである。

 

以 上

2023年11月14日控訴審公判