武蔵野五輪弾圧救援会

2021年7月16日に東京都武蔵野市で行なわれた五輪組織委員会主催の「聖火」セレモニーに抗議した黒岩さんが、『威力業務妨害』で不当逮捕・起訴され、139日も勾留された。2022年9月5日の東京地裁立川支部(裁判長・竹下雄)判決は、懲役1年、執行猶予3年、未決算入50日の重い判決を出した。即日控訴、私たちは無罪判決をめざして活動している。カンパ送先⇒郵便振替00150-8-66752(口座名:三多摩労働者法律センター)、 通信欄に「7・16救援カンパ」と明記

弁護団・控訴趣意書(上) 裏付ける事実がないのに「威力」を書き連ねた1審判決

弁護団・控訴趣意書(中)は→ https://kyuenmusasino.hatenablog.com/entry/2023/04/12/025316

弁護団・控訴趣意書(下)は→ https://kyuenmusasino.hatenablog.com/entry/2023/04/16/030030

判決文は → https://kyuenmusasino.hatenablog.com/entry/2022/09/25/215456

 

 

威力業務妨害被告事件 

被 告 人 黒岩大助

 

控 訴 趣 意 書

 

                 2023年2月28日

 

東京高等裁判所第 第2刑事部 御中

 

弁 護 人       栗 山  れい子

弁 護 人       山 本  志 都

弁 護 人       石 井  光 太

弁 護 人(主任)   吉 田  哲 也

 

 弁護人栗山れい子、同山本志都、同石井光太、同吉田哲也の控訴趣意は以下のとおりである。

 

第1 はじめに

1⑴ 本被告事件において起訴状に記載された公訴事実は大意

被告人が武蔵野陸上競技場で開催されていた東京2020オリンピック・パラリンピック聖火リレーセレブレーションDays8の開催を妨害しようと考え、令和3年7月16日午後5時13分頃、前記陸上競技場に隣接する武蔵野総合体育館西側歩道上においてライターで点火した爆竹を同体育館敷地内に投げ入れて爆発させた上、同所に設置されたバリケードを乗り越えて同敷地内に侵入しようとし、上記イベント参加者等の誘導、案内等の業務に従事していた株式会社スパイダー社員Uらに同業務の中断を余儀なくさせ、もって威力を用いて同人らの業務を妨害した、

というものであった。

⑵ 同公訴事実について原審は、被告人に懲役1年執行猶予3年の有罪判決を言渡したものである。

2 本件公訴事実に記載された被告人の行為は東京オリパラの開催強行に対する抗議の意図で行われたものである(被告人質問、被告人最終意見陳述)。

  そうであるにもかかわらず、被告人は本件イベント参加者に対する誘導・案内を受注した民間会社社員の業務を「妨害」したということで公訴提起されている。

  これは当該イベント引いては東京オリパラそれ自体の開催の放棄・断念という結果(あるいはその抽象的危険)が発生したか否かにかかわらず、その因果のプロセスのいずれかの段階を便宜的かつ恣意的に切取って業務妨害罪を適用したものである。こうした因果のプロセスのいずれかの段階を恣意的に切取って、当該行為(及び結果)の違法性を認定するという機会主義的・便宜主義的な刑罰法規適用は、刑罰法規適用の機会を増大させるという点で刑法の謙抑性と補充性という近代刑法の原則に反し、その限りで罪刑法定主義の趣旨にも反する。

基本権行使の側面を有する行為について、機会主義的・便宜主義的に因果のごく一部分を切取って刑罰法規の適用を求めるような公訴提起は、市民的自由に対する現実的な脅威を意味するものであって極めて不当である。

3⑴ 被告人の行為が公訴事実の言うように本件イベントの妨害を目的とするものではなく、東京オリンピックパラリンピック並びにそれに関連する聖火リレーイベントの開催等に対する抗議の意思表明であることは原判決も認めざるを得なかった。

 ⑵ しかし原判決は被告人の行為は相当性を欠くとしたうえで、「自己の意見や抗議を表現する手段は、他の方法によって行うことも十分に可能であり、現に他の抗議活動は適法に行われていることも併せると、本件行為を制限することによる表現の自由の制約の程度が大きいとはいえない。」と説示して被告人の行為の違法性は阻却されないとした(原判決9頁)。

 ⑶ 一見すると尤もに思えるこの説示は実は非常に重要な争点に一切答えるものではない。

   「他の方法によって行うことも十分に可能であり、現に他の抗議活動は適法に行われている」ということは、それら「他の方法」が他者の権利と衝突する機会あるいは程度が相対的に小さい、ということに過ぎないのであって、他者の権利と衝突する機会や程度が「他の方法」に比してより大きい表現行為は許されないということを意味するものではない筈である。

   本件での違法性阻却に関わる争点は「他の方法」以外の方法に関わるものであり、「他の方法」があるからといって直ちに表現の自由等に対する制約が正当化されるものではないことをまず指摘しておかなければならない。

4 なお、昨年以降、組織委員会の理事そして事務局次長が贈収賄独占禁止法違反(談合)によって逮捕勾留され、仕切っていた広告代理店が家宅捜索を受けている。これら一連の疑獄事件の発覚によって東京オリパラが利権に塗れたイベントであったということは今日においては公知の事実であり、被告人が危惧を抱き、市民的抵抗として反対の意思表示を行ったイシューがまさに政治的問題であったことより明らかとなっている。

5 以下、原判決の誤謬を指摘し、その破棄を求めるものである。

 

第2 原判決には以下のとおり事実の誤認が存在し、これらはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである。

 1 被告人の行為により退場が20分間遅延したとの事実誤認について

⑴ 原審の判断

    原審は、「(救援会注・「被害者」とされたイベント会社員)Uは、本件イベントの会場から退場しようとする参加者等を引き留めておくようスタッフらに指示した上、参加者等を退場させる方法を検討するなどした。その結果、退場しようとする参加者を20分くらいの間、やむを得ず待機させた。」(原判決4頁㋔)と、被告人の行為により、参加者のイベントからの退場が20分ほど遅延したとの事実認定を行っている。

しかし、これは事実誤認である。
⑵ 認定の根拠となる証言が信用できないこと

   ア 原審は上記の事実を認定した根拠として、U証人が「多分ですけど、20分ぐらいは待たせたんではなかろうかと思います。」(U調書13頁)と証言していることを指摘する。

 しかし、U証人の上記証言は、内容が曖昧である上に、検察官の主尋問の最後の段階で、「どの程度の遅れが生じたのか」と検察官が念押しをした末、ようやく出てきたものであり、U証人の証言全体からみればとってつけたような内容と言うほかない。

イ 具体的に検討すると、U証人は、主尋問において以下のようなやりとりをしている。

検察官 「それで、当日の実際のこの業務と言いますか、イベントの運営なんですけれども、滞りなく進んで終わりましたかね。」

U証人「基本的には終わりました。」

検察官 「基本的にはということをおっしゃいましたけれども、何か問題やトラブル、出来事などはありましたか。」

U証人「・・最後、17時過ぎぐらいに、ちょっと入口のところで、少しだけ事件というか、出来事があったので、それによって、若干ですけれども、お客様を少し待たせたりとかっていうようなことは発生したんですけれども、おおむねはうまく進行しました。」(U調書5頁)。

ここで、U証人は、イベントの運営すなわちU証人の業務が

「おおむねはうまく進行した」と証言し、「お客様を少し待たせた」

という程度の問題しか発生していないという認識を示している。

ウ また、被告人が制服警察官に取り押さえられた後のことについて、検察官から具体的にU証人が何をしたのかを問われ、

「そのときに、ちょっと下でもめているということもあったので、上で退場する人を止めていました。一瞬止めていましたので、上のディレクターと連携を取りながら、じゃあどうやって出そうか、お客様をどういうふうに出そうかというところで、通常業務に戻ったと思ってます。」と証言している。さらに、検察官に「何を止めていましたか」と質問され、U証人は、「ちょうど2階というか、上からお客様が帰るという、階段を降りて帰って行く、で、ちょうど階段を下りた下のところで、ちょっと下でそういった事件が行われていたので、上で止めてたのは、お帰りになるお客様を一瞬止めてました。」と繰り返し「一瞬」という言葉を使って証言した(U調書12頁)。

     ここからは、U証人をはじめとするイベント関係者が客の退場を止めた時間が短い時間であったことが伺える。そして「20分ぐらいは待たせたんではなかろうかと思います」というU証人の曖昧な感覚的な証言については、どうしてそう判断したのかという根拠も全く示されていない。20分間の退場遅延が生じたというU証人の証言には全く信用性が認められない。

⑶ 客観的証拠からの検討

   ア そもそも、本件で現場周辺については、入退場口付近を中心に撮影が可能な可搬型カメラが設置され、退場者の様子も記録されていた(甲16)。

     この映像によれば、

17時14分            被告人逮捕

17時19分14秒         武蔵野市長ほか12名退場

17時19分38秒         2名退場

17時21分08秒         1名退場

17時22分2秒~23分37秒   34名退場

17時26分30秒         被告人が警察官によって連行

17時27分56秒~28分41秒  14名退場

17時29分00秒~35分00秒  40名退場

17時36分32秒         1名退場

という退場の様子が確認できる。

イ 17時36分32秒に最後の退場者が確認されている(イベント関係者かスタッフの可能性もある)が、17時30分がイベントの終了時刻であることからすれば、退場が遅延したのは長く見積もって6分程度であり、U証人の証言(20分)とはどうみても整合しない。

     客観的証拠と符合しないU証人の証言に信用性が認められないことは明らかである。

     原審は、イベントの終了時刻や実際の遅延状況について厳密な事実認定を行わないまま、「参加者を20分くらい待機させた」という認定を行っている。

⑷ 松下市長の証言による補足

 武蔵野市の松下玲子市長は、当日17時19分14秒に会場から退場している。

松下玲子市長は、当日の退場の状況に関する弁護人からの質問(添付資料1)に対し、

① 退場のルートは変更せず、体育館正面から退場した。なお、担当者から退出を待つ指示は受けていない。

② 退出を待つ指示は受けていないが、正面の出入り口には警察官や機動隊員、関係者などが多数集まっていたため、退出に若干時間がかかった

と回答しており(当審において立証予定)、大きな遅延はなかったと回答している。

2 爆竹の破裂に関する事実誤認について

原審は、「1発目の爆竹が鳴ったのが聞こえた。」、「爆竹は、被告人が手に持った状態で数回、被告人が投げた後空中や体育館敷地内で数回爆発し、爆発音を発した。」(原判決4頁)

と、被告人が爆竹を複数回爆発させたととれるような事実認定をしている。

⑴ しかし、被告人が爆竹に点火した回数は1回であり、一連の爆竹が連続的に破裂音を鳴らしたものにすぎず、上記の事実認定は誤認である。

⑵ア 原審は、爆竹の構造や点火行為と爆発音の発生について検討を行うことなく、漫然と検察官の主張をなぞっている。

本件行為が行われた当時、現場には多数の警察官が配備され、警察官の警備車両も配備される等、極めて厳重な警備体制が敷かれていた。威力業務妨害罪(刑法234条)における「威力」に該当するかについては、周囲の状況も含めて判断が行われるところ、多数の警察官による厳重な警備体制が敷かれる中で、一般にただの花火である爆竹1束を鳴らしたところで、意思を制圧するに足りる「威力」には該当しない。

イ 原審は、「威力」該当性という結論に導くために、あえて、被告人が爆竹を複数回爆発させたととれるような事実認定を行っており、この事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

3 柵を乗り越えようとする行為の態様に関する事実誤認について

  ⑴ア 原審は、罪となるべき事実において、「被告人は、・・警備関係者らの制止を振り切り、同バリケードを乗り越えて同敷地内に侵入しようとし」たと認定している。被告人が「警備関係者」に制止されたにもかかわらず、それを振り切って柵を乗り越えようとしたというのである。

イ 被告人が柵を乗り越えようとした状況は、映像(甲16)で確認できるが、被告人がプラスチック製の柵の上部を掴みこれを乗り越えようとしたところ、後ろからU証人に抱きつかれ、その後、かけつけてきた複数の警察官により制止されたというものである。

より詳細に言えば、U証人が、柵を乗り越えようとした被告人の腰のあたりを手で掴み、その後、後ろから抱きつくような状態になっているところを、駆け寄ってきた複数の警察官が被告人の身体を押さえて、道路上で被告人の動きを制止した。

ウ 被告人は、U証人を含めた警備関係者の制止を振り切って柵を乗り越えようとしたわけではなく、柵を乗り越えようとしたところを後ろから制止されたのであり、原審の事実認定は誤りである。

 ⑵ア さらに、原審は、被告人の行為を「柵を乗り越えようとする被告人とUらが接触して転倒する危険を内包するものであり」(原判決6頁)と評価している。

イ これは、上記のごとく「柵を乗り越えようとする行為」と「制止」との先後関係を誤って認定したことにより生じた誤りである。

 柵を乗り越えようとした被告人とこれを制止したU証人の位置関係を見ると、柵を乗り越えようとした被告人に対し、U証人が後ろから抱きつくという位置関係になる。被告人は、U証人を振り切っておらず、引きずったりもしていない。したがって、被告人の行為はU証人を転倒させるような性質のものではない。

4 結論

以上のとおりであり、原審は誤った事実認定に基づき被告人の行為の危険を過大に評価するものであるから、これら事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

 

 

第3 被告人の行為は威力業務妨害罪の構成要件に該当しない

1 刑法第234条の「威力」

  ⑴ 「威力」の規定については一般に、「犯人の威勢、人数及び四囲の情勢よりみて、被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力」とされている(最二小判昭28年1月30日刑集7巻1号128頁)。

⑵ そして、

ア 「個々の行為がこれに当たるかは、犯行の具体的態様、程度、当時の状況、行為者の動機、目的、業務の種類、性質、内容、被害者の地位等の諸事情を考慮」して判断するものとされ、

イ その判断は、普通人が当該被害者のような事情の下に置かれたならばその自由意思が抑圧されるかどうかによって決定されるもの、と解されている(アについて最高裁判所判例解説平成4年刑事編149頁、イについて同153頁の「(注10)」。なお、イについて大阪地裁2014年7月4日判決判例タイムズ1416号380頁参照)。

⑶ア 前掲の最高裁判所判例解説平成4年刑事編149頁並びに153頁は、最2決1992年11月27日(刑集46貫8号623頁)にかかる威力業務妨害被告事件についての解説である。

上記事件の被告人らが作り出した状態は、被告人らが「ひそかに、消防本部消防長室にある同人のロッカー内の作業服ポケットに犬のふんを、事務机中央引き出し内にマーキュロクロム液で赤く染めた猫の死がいをそれぞれ入れておき、翌朝執務のため消防長室に入った消防長をして、右犬のふん及び猫の死がいを順次発見させ、よって恐怖感や嫌悪感を抱かせて同人を畏怖させ、当日の朝行われる予定であった部下職員からの報告の受理、各種決裁事務の執務を不可能にさせた」というものである。

これは、一般人にとって極めて衝撃的な状態であり、その結果被害者に「恐怖感や嫌悪感を抱かせて同人を畏怖させ、当日の朝行われる予定であった部下職員からの報告の受理、各種決裁事務の執務を不可能にさせた」とされている。

イ つまり、「威力」該当性の判断にとって最も重要であるのは、被告人の行為によって混乱が生じて被害者が単に対応を余儀なくされたことではなく、被告人によって作出された状態が被害者をして「恐怖感や嫌悪感を抱かせて同人を畏怖させ」てその意思を抑圧し、以後の業務遂行を不可能にさせるような性質であったのか否か、業務遂行に著しく困難を覚えあるいは断念せねばならないほどに意思を制圧され、それによって以後自己の業務を遂行し得なくなるという結果の抽象的危険が発生したのか否か、ということである。

⑷ア 刑罰法規の創設・解釈・適用のすべての次元において、刑法が謙抑的かつ補充的であるべきという要請は、民主主義社会における自由と自立を保障するために絶対に必要である。

そして、基本権行使の性質を有する行為について、この要請にそって適用すべき刑罰法規を限定的に解釈し、形式的に構成要件に該当しているようにみえても、実質的には刑法が当該行為が当該構成要件に要求するだけの違法性を具備していないとして、刑罰法規の適用を否定するという裁判例は散見される(宮本意見書19~20頁)。

イ 職業選択の自由に関するHS式無熱高周波療法事件(最高裁1960年1月27日判決)は、「医療類似行為」の禁止は「人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない」として、破棄差し戻した。この判断は、当該行為が刑罰に科すに値するだけの違法性を具備するか否かについて検討することなく、形式的な構成要件該当性をもって違法性を肯定し刑罰法規を適用することは「過度に広汎な処罰の禁止」に該当し、憲法31条に反するということを意味している。

ウ また、破壊活動防止法の文書頒布罪について最高裁は「文書の頒布により内乱罪の実行されうべき可能性ないし蓋然性が客観的に存在しているとはいえない」(最高裁1967年7月20日決定)との判断を示し、労働基本権に関する都教組事件では「二重の絞り論」を展開し(行政法上違法とされる争議あおり行為であったとしても、更に強度な質と量の違法性が認められない限り、当該行為について「正当行為」(刑法35条)に該当するものとすべきである)、限定解釈による刑罰法規の適用範囲の縮減を試みている(最高裁1969年4月2日判決)

⑸ これを威力業務妨害罪について見るに、同罪の成立には「業務妨害」の結果を要するという学説(侵害犯説)も有力であり(松宮孝明『刑法各論講義(第3版)』174頁成文堂2012年等)、また刑法の謙抑性・補充性という近代刑法の前提によるなら、所謂危険犯説に拠る場合であっても、結果発生の危険とは、たとえそれが抽象的な危険で足りるとしても、それ自体が保護法益主体の精神的自由を含む活動の自由に対する回復不能なほどの制圧・阻止、更にはその放棄・断念を意味するものと解さねばならない。

威力業務妨害罪が抽象的危険犯であるとしても、本項の⑵に記した「威力」該当性の判断に際しては、「畏怖」して意思が抑圧されたことによって以後の業務遂行が不可能になるという重大な結果が発生する抽象的危険の存否が問題となるのである。

そして、たとえ被害者が「畏怖」した場合であってもそれが一時の思い過ごしに過ぎなかった場合には、「威力」該当性は否定される(広島高判1953年5月27日高刑集6巻9号1105頁)。

⑹ 以下、原判決の法令(刑法第234条)適用の誤りを指摘する。

2 被告人の行為は威力に該当せず、また業務妨害の結果も発生していない。

原判決は「3 争点①」の⑴において以下のⅰないしⅳのとおり説示する。

ⅰ 「弁護人は、本件現場が喧騒のある市街地であって、静謐が求められる状況ではなく、本件当時、本件現場近くではオリンピックの開催に反対する抗議行動が行われていて警察官による警備も行われていたことなどからすれば、被告人が、単独で爆竹一束程度を人のいない体育館敷地内に投げ入れた行為をもって「威力」に当たるとは言えない旨主張する。」

(原判決5頁の24行目ないし6頁の2行目)

ⅱ 「しかしながら、弁護人が指摘するような周囲の環境や警備の状況であったとしても、突然近くで爆竹が爆発したり、敷地内に投げ入れられたりすれば、イベント参加者等の誘導や案内等に当たるUらが、更に激しい爆発が起こったり、複数人による同様の行為が行われたりするのではないかと考え、驚いたり、恐怖を感じたりすることは当然のことである。」

(原判決6頁の3行目ないし7行目)

ⅲ 「本件行為は、Uらをして、本来行う予定であった退場しようとするイベント参加者等の誘導等の活動を中断させ、異常かつ緊急の事態への対応を余儀なくさせるものであって」

             (原判決5頁の17行目ないし19行目)

ⅳ 「Uらをしてそのような危険【弁護人注:「更に激しい爆発が起こったり」「複数人による同様の行為が行われたり」する危険をさす】を感じさせ、更にこれを未然に防止する対応を取らざるを得ない状況を生じさせる程度のものである以上、本件行為は被害者の自由意思を制圧する行為に該当するというべきであり」   (原判決6頁の8行目ないし9行目)

   ⑴ 上記ⅰについて

ア そもそも原審で弁護人がその最終弁論において指摘した本件行為時当時の状況、被害者の地位は、原判決が説示するところの「本件現場が喧騒のある市街地であって、静謐が求められる状況ではなく、本件当時、本件現場近くではオリンピックに反対する抗議行動が行われていて警察官による警備も行われていた」という摘示に止まるものではない。

イ すなわち弁護人は原審において、

(ア) 「ちょうどこの日のイベントについては、どういうわけか制服警察の方がかなり多く、会場内、会場外も含めていらっしゃったので」(U調書10頁)と、これまで種々のイベント運営に携わったU証人(U調書1頁、9頁)も訝しんでいるとおり、本件イベントの当日の本件体育館周辺は警察犬まで投入した不自然なほどに厳重な警察の警戒のもとにあったこと(T調書8頁ないし9頁。警察犬の巡回について甲16の17:04:15等)

(イ) これら多数の警察官を動員してなされた警備は、本件体育館前歩道において抗議のアピールを行なっていた市民らに何ら現行犯的な状況が存在しないにもかかわらずその市民らの動向を容貌も含めて撮影する違法行為を間近で繰り返すことを含み、これに対して市民らから抗議がなされても一向に改めようとしないというものであり、同抗議行動に対して極めて敵対的かつ威嚇的なものであったこと(T調書13頁ないし14頁、並びに甲16の15時45分頃等)、

(ウ) 被告人による行為がなされた当時その場所にいたUを含む本件イベントスタッフは、

① 本件イベントに際して制服私服の多数の警察官が配備され現に多数の警察官が本件現場の間近である体育館敷地内並びにその周辺で警戒中であり、

② 本件体育館敷地内にいた警察官はUにおいて手招きすれば呼び寄せることができる程度に本件現場との至近において警戒を行っていたこと(U調書10頁)、

③ その警察官らが抗議行動をしている市民らに対し上記の違法な撮影所為をはじめとする敵対的・威嚇的な警備を繰り返していたこと、

④ 自分たちでは対応しきれない「不測の事態」が生じたとしてもそれら警察官が即座に駆けつけその警備力を行使して制圧することは確実であること(「柵の内側に制服警察の方がたくさんいらっしゃったので」U調書10頁)、

等を認識し、したがって終始心理的な余裕をもってその「業務」を行っていたこと、

(エ) U証人は、スパイダーが委託を受けた業務たる本件イベントの「運営」、具体的には「受付、場内の誘導、案内、駐車場の誘導」について同社の65名から70名という多数のスタッフの「統括」としてそれらに指示を出す立場にあり(U調書3頁ないし4頁)、本件現場のある体育館敷地内だけでなく、敷地の外辺りも対象エリアとして巡回し(U調書16頁)、オリンピック開催に抗議する市民らの動向にも目を配るほか客の通行の妨げにならないよう注意するようにスパイダーのスタッフに指示する等(U調書20頁)、スパイダーの広範な業務全般に指示を出す地位にあったこと、

(オ) 「敷地の外でやられる分に関しては、黙認と言ったら失礼な言い方ですけど、特に何もこちらから規制をするようなことはしないでいこうというのは我々の共通認識です」、「全員、みんなで話し合って、こういう方向でいこうというふうに決めました」というとおり(いずれもU調書28頁)、本件イベントの主催者もU証人を含め本件イベントに携わるスタッフも、東京オリパラの開催に反対する市民によって本件イベントに対する抗議行動がおこなわれることを事前に認識ないし予期していただけではなく、これを警戒すべき対象として明確に認識したうえで(弁3の添付資料3)、その抗議行動が上記「敷地の外でやられる分」等の範疇を超えた場合には(警察の協力を得て)制止ないし阻止することとしてそのような事態への対処もまた事前に確認し共有していたこと、

(カ) したがってUのみならず被告人による行為の当時に本件現場にいた本件イベントのスタッフにとっても、本件所為は想定外の事態が発生したというものではなかったこと、

等々をも指摘したうえで、「このような状況下でU(あるいは本件現場にいた他の本件イベントスタッフ)の立場にある一般人が本件所為に直面したからといって、それによって心理的な威圧感を覚え、円滑な業務の遂行が困難になるということはできない」と指摘したのである(原審弁護人ら最終弁論要旨の9頁ないし11頁)。

ウ しかし原判決は、弁護人が摘示したこれらの事実について何ら検討をすることがなく、「警察による警備」の一言で済ませそれ以上これらについて一切触れることがない。

  前記のとおり、威力業務妨害罪における「威力」該当性については、普通人が当該被害者のような事情の下に置かれたならばその自由意思が抑圧されるかどうかによって決定されるのだから(下線部は弁護人らによる)、U証人らがどのような事情の下に置かれていたのかについて事実を恣意的に取捨選択して済ます場合には「威力」該当性の判断について審理を尽くしたということはできない。したがって本件の被告人の行為が「威力」に該当するか否かのイ判断にあたって上記イの(ア)ないし(カ)の各状況を評価することは必須である。

エ そうであるにもかかわらず上記各状況についての評価を明らかにすることのない原判決は「威力」該当性の判断について必要な検討を充分に尽くしていないのであって、したがって刑法第234条の適用を誤ったものである。

   ⑵ 上記ⅱについて

原判決は、「突然近くで爆竹が爆発したり、敷地内に投げ入れられたりすれば」U証人らが「さらに激しい爆発が起こったり、複数人による同様の行為が行われたりするのではないかと考え」ることを「威力」該当性を認める理由として説示する。

ア しかしながら、

(ア)本件においては、

① 被告人がまっすぐ本件現場の柵の手前に向かってきてズボンのポケットから爆竹を取り出した時(甲16の時刻表示17:13:48ないし17:13:56)、被告人の挙動を注視していたU証人は被告人が「手に爆竹のような物を持っている気がした」ので、被告人に声をかけた(U調書8頁ないし10頁、甲16の時刻表示17:13:56ないし17:14:00)。

なおこの時、柵の内側にいる黒いTシャツ姿に赤い帽子を被った男性(おそらくは本件イベントおける警備業務を担当したオ―チューの社員であると思われる。弁3の添付資料③)も柵の内側から身を乗り出すようにして被告人とその手元を注視している。

② その後U証人は被告人に対処するため本件体育館敷地内にいる警察官を呼び、その後被告人の方を振り返ると、被告人がライターで爆竹に点火していた状態であったので両手を被告人の手元に伸ばしてこれを制止しようとした(甲16の時刻表示17:14:00ないし17:14:05)

この時株式会社オ―チュー社員と思しき黒Tシャツ姿の男性は即座に本件体育館の方に向き直り携帯無線機で被告人の挙動を何処かに連絡している様子が窺える。

③ その後になって被告人の手の中で爆竹が破裂を始め、そのまま被告人が爆竹を本件体育館敷地内に投げ入れた。

(イ) 爆竹を鳴らす行為は、被害者が事前にそれと認識することのないままに突然なされた場合には、それが爆竹の音であると確認されるまでは危険性の高い何らかの爆発物の爆発と誤認される恐れがあるいはあるのやもしれない。

しかし本件においては、U証人らは被告人が爆竹をその手にしていること、そしてそれに点火していることをいずれも現認しているのだから(上記(ア)の②)、被告人によって本件爆竹が投擲され炸裂したれたことがU証人らにとって「突然近くで爆竹が爆発したり、敷地内に投げ入れられた」事象であると評価することはできない。

(ウ)そうであるから、被告人の行為によってU証人らにおいて「さらに激しい爆発が起こったり、複数人による同様の行為が行われたりするのではないかと考え」ることができるとする原判決の説示は、その前提が誤ったものであり失当であるという誹りを免れない。

イ さらに、U証人の証言において同人が「さらに激しい爆発が起こったり、複数人による同様の行為が行われたりするのではないかと考え、驚いたり、恐怖を感じたり」したという事実は(それを窺わせる事情も含め)一切現れてはいない。U証人らが原判決の上記説示のように考えて「畏怖」した場合であっても、そもそも本件においてはそれが一時の思い過ごしに過ぎなかったことは明らかであるから「威力」該当性は否定される(被告人調書4頁、14頁等、並びに前掲広島高判1953年5月27日)。

そうであるにもかかわらず原判決はU証人らが「驚いたり、恐怖を感じたりすること」についても、何ら事実にも証拠にもよることなく、また「当然である」の一言で「威力」該当性を認定している。

上記の原判決の説示は、発生した事実ではなくそれこそ抽象的な可能性を根拠とするものでしかなく、U証人らが現実に感じた「畏怖」ではなく存在しない思い過ごしをもって増幅された業務妨害の危険性を認定したものであり、事実あるいは証拠による裏付けのないものである。

そしてここにおいても、弁護人が指摘した被告人の行為当時もU証人らが置かれていた事情については何ら検討がなされていない(本項⑴)。

ウ 以上のとおりであり、これらの原判決の説示は失当であり、刑法第234条の適用を誤ったものである。

⑶ 上記ⅲ並びにⅳについて

   ア 原判決はⅲにおいては「本来行う予定であった退場しようとするイベント参加者等の活動を中断させ、異常かつ緊急の事態への対応を余儀なくさせるもの」という理由を、ⅳにおいては「そのような危険を感じさせ、更にこれを未然に防止する対応を取らざるを得ない状況を生じさせる程度のものである以上」という理由をもって、被告人の行為が「威力」に該当すると説示するものである。

   イ しかしながら、「威力」該当性の判断にとって最も重要であるのは、被告人の行為によって混乱が生じて被害者が単に対応を余儀なくされたことではなく、被告人によって作出された状態が被害者をして「恐怖感や嫌悪感を抱かせて同人を畏怖させ」てその意思を抑圧し、以後の業務遂行を不可能にさせるような性質の存否である。

   ウ 原判決の説示は、被告人の行為がU証人らの心理に与え得る影響については一応前出ⅱにおいて「さらに激しい爆発が起こったり、複数人による同様の行為が行われたりするのではないかと考え、驚いたり、恐怖を感じたりすることは当然である」とし、これをⅳにおいて「そのような危険を感じさせ」として引用する。

この説示が事実あるいは証拠による裏付けのないものであり、また弁護人が指摘した被告人の行為当時にU証人らが置かれていた事情について何ら検討をするものでない不十分なものであることは本項⑵で既に述べた。

すなわち原判決においては、U証人らが畏怖させられてその意思を抑圧され、以後その業務遂行が不可能になるような性質を被告人の行為が有していたか否かについて、周囲の状況等の諸要素を考慮したうえで普通人が本件においてU証人らのような事情の下に置かれたならばその自由意思が抑圧されるかどうかという観点からの検討が尽くされていないのである。

   エ そしてこの点を弥縫するべく、原判決は、「本来の業務を中断」、「異常かつ緊急の事態への対応を余儀なくさせる」、「更にこれを未然に防止する対応を取らざるを得ない状況を生じさせる」等々を挙げ、そのうえで(3項で後述するとおり)これらによってU証人らの「本来の業務」ないし「中心的な業務」に対する「妨害結果」が発生しているから威力該当性が認められると説示する。

     しかし、これは転倒した論理である。

「威力」該当性の判断にとっては、被告人の行為によって混乱が生じて被害者が単に対応を余儀なくされたことではなく、被告人の行為は、U証人らをして恐怖感を抱かせて同人を畏怖させてその意思を抑圧し、以後の業務遂行を不可能にさせるような性質のものであったのか否かが最も重要なのである。

そうであるから、たとえ被告人の行為に起因して「本来の業務を中断」し、「異常かつ緊急の事態への対応を余儀なくさせ」られ、「更にこれを未然に防止する対応を取らざるを得ない状況を生じ」る如き事態が生じた場合であっても、被告人の行為にU証人らをして恐怖感を抱かせて同人を畏怖させてその意思を抑圧し、以後の業務遂行を不可能にさせるような性質が伴っていることについて合理的な疑いを入れる余地のない程度に立証がなされない限り、業務妨害の危険性は認められずしたがって被告人の行為が「威力」に該当することはないのである。

   オ 原判決において、本件の被告人の行為に上記の性質が備わっているか否かについて検討が尽くされていないことは夙に指摘してきたとおりである。そしてこの検討の不十分性を「本来の業務を中断」、「異常かつ緊急の事態への対応を余儀なくさせる」、「更にこれを未然に防止する対応を取らざるを得ない状況を生じさせる」等々の理由によって補うことは許されない。

しかも本件においては被告人の行為によってU証人らが畏怖しその意思を抑圧された結果上記の「対応」を取らざるを得なかったという事情は一切見受けられず(U証人は被告人による行為後も「一瞬びくっ」としたのみで極めて冷静な対応に終始し、また柵を乗り越えようとした被告人に背後からしがみついた所為についても自己の「業務の範ちゅう」であると証言している。U調書の11頁ないし12頁、24頁)、同人らが被告人の行為によって畏怖させられてその意思を抑圧され、以降の業務遂行が不可能になったという事情も見受けられない。

そうであるから、原判決が説示するように本件においてU証人らが「異常かつ緊急の事態への対応を余儀なくさせ」られ、「更にこれを未然に防止する対応を取らざるを得ない状況を生じさせ」られたという事態は、同人らが被告人の行為によってもその意思を抑圧されることなく以降も自己の判断で「対応」すること、すなわち自己がなすべき複数の業務の手順ないし順位等を変更したうえで(原判決が言う「本来の業務」あるいは「中心的な業務」とそれ以外の業務との峻別は専ら被告人に有罪判決を下さんがための恣意的な区別に過ぎない)、その業務を遂行することが可能であったことを前提とするものである。

したがってかかる事態を挙げて被告人の行為について「威力」該当性を肯定する原判決はその論理が転倒したものであり、むしろこれらの事態は被告人の行為にはU証人らをして恐怖感を抱かせて同人を畏怖させてその意思を抑圧し、以後の業務遂行を不可能にさせるような性質が伴っていなかったことの帰結である。

   カ 以上のとおりであり、これらの原判決の説示はいずれも失当であり、刑法第234条の適用を誤ったものである。

⑷ したがって原判決の「3 争点①」の⑴は刑法第234条の適用を誤ったものであり、これが判決に影響を与えることは明らかである。

3 被告人の行為に業務妨害の危険性が認められる旨の原判決の説示には理由がない。

原判決は「3 争点①」の⑵において以下のⅰ並びにⅱのとおり説示する。

  ⅰ 「爆竹がUらの至近で爆発して火傷をしたり、柵を乗り越えようとする被告人とUらが接触して転倒したりする危険を内包するものであり、本来Uらが行うべき誘導や案内等の被害会社の業務が円滑に行われなくなる蓋然性が相当程度認められる行為であるから、被害会社の業務を妨害する抽象的な危険を有する行為である」  (原判決6頁の16行目ないし20行目)

  ⅱ 「仮に被告人が本件現場で取り押さえられなかった場合には、柵を乗り越えて体育館敷地内に侵入し、所持していた残りの爆竹をすべて爆発させるなどの行為に出た可能性が高いという事情や、本件行為によりUらの中心的な業務であるイベント参加者らの誘導、案内業務が現に妨害されたとの事情を軽視し」            (原判決7頁の7行目ないし11行目)

  ⑴ 上記ⅰについて

ア 原判決は火傷あるいは転倒等、U証人らの身体の安全への侵害の可能性を理由として被告人の行為に業務妨害の危険性ないし「威力」該当性が認められる論拠とする。

イ ここで原判決は「被告人が爆竹を投げた方向や被告人とUの位置関係」と説示している(原判決6頁の14ないし15行目)。

(ア) そこでまず被告人による爆竹の投擲の態様について検討するに(甲16の時刻表示17:14:01ないし17:14:05)、

① 点火して既に鳴り始めた爆竹一束を被告人の利き腕ではない左手に持ったまま、

② 被告人を押しとどめようとそのやや左側前方から両手を前に伸ばして歩み寄ってくるU証人に対し、

③ そのU証人の両手と体をすり抜けるようにして避けながら同人の身体の前を1、2歩前進して柵の1m程度手前の位置まで歩み寄ったのであってU証人に向かって歩み寄っていったという事情もなく、

④ その時のU証人から見ると被告人が左側を向いて前進を続けている状態になったときに、

⑤ その位置から柵の内側1ないし2メートル程度先(U証人から見た場合には同人より数メートルも左側)の体育館敷地内の人がいない「けっこう大きなスペース」(被告人調書15頁)に向けて、

⑥ オーバースローではなく体と左腕を伸ばして、左手に持った爆竹を軽く押し出すようにして投擲したものであり、

⑦ 爆竹が投擲された方向は上記④のU証人の位置から数メートル左に離れた場所であり、また投擲先と被告人との間にU証人が位置しているという位置関係にもない。

したがって、爆竹を投げた方向や被告人とUの位置関係については、被告人がU証人に向かって爆竹を投擲したものでもなく、被告人の手から投擲された被告人爆竹がU証人の眼前を通過したということもない。そしてU証人もまた「私に対して投げられたというふうには、そのとき私は感じなかった」と証言するところである(U調書24頁)。

    (イ)爆竹を使用する場合に火傷の危険性が付き纏うことそれ自体は一概に否定できないとしても、爆竹自体は玩具であり、通常の点火、投擲の用法による限りその危険性が極めて軽微なものであることは本邦においても爆竹が慶賀あるいは祭礼に際して公道上で用いられる例があることからも争う余地はない。

      そして本件において原判決が説示する「爆竹を投げた方向や被告人とUの位置関係」について証拠に基づいて検討した上記(ア)のとおり、本件爆竹の投擲は主観的にも客観的にもU証人らについて上記の現実的あるいは具体的危険性が生じない(あるいは可及的に現実化しにくい)態様でなされていると言うべきである。

      上記の原判決の説示は「威力」あるいは「危険性」の存否に直接関わるものであり、したがって被告人の行為によってU証人らが畏怖しその意思を抑圧された結果、以降の業務遂行が不可能になる性質の有無が具体的に検討される要がある。

しかし原判決は「爆竹を投げた方向や被告人とUの位置関係」と説示しつつ、その実上記(ア)のような「方向」あるいは「位置関係」について具体的に検討することを怠り、被告人による行為がなされた当時のU証人らが置かれた事情を捨象して爆竹の一般的な(かつ軽微な)危険性に固執した説示をしたものと言わざるを得ない。

ウ また原判決は、「柵を乗り越えようとする被告人とUらが接触して転倒したりする危険を内包する」と説示して、これを被告人の行為に業務妨害の危険性ないし「威力」該当性が認められる論拠とする。

   (ア) 上記の原判決の説示もまた「威力」あるいは「危険性」の存否に直接関わるものであり、したがって被告人の行為によってU証人らが畏怖しその意思を抑圧された結果、以降の業務遂行が不可能になる性質の有無が具体的に検討される要がある。

   (イ) まず、「転倒」の危険についてそれにどの程度の蓋然性があるのか明らかではなく、したがってU証人らが畏怖しその意思を抑圧された結果以降の業務遂行が不可能になる性質を有するのかも明らかではない。  

そもそもU証人については、柵を乗り越えようとした被告人に対しその進行方向とは逆の背後からしがみついてこれを制止しようとしたのであり、「転倒」の危険があるとすればそれは上記U証人の行為によるものであり、被告人の行為それ自体から生じるものではない

     (ウ)そもそも被告人は

① 爆竹を投げた後に柵を乗り越えようとした理由について「その後の意思表示を、その五輪、オリンピック・パラリンピック、そしていわゆる聖火リレーの抗議の意思を示すためです」と答えているのであり(被告人質問調書5頁)、

② 「中に入って抗議の声を挙げようとしました」(同14頁)とは言うものの、

③ 同人が本件会場に到着した際に既に会場周辺に警備の警察官が多数配備されていることを認識していたのである(同12頁)。

したがって被告人は、実際に柵を乗り越えようとしても警察官によって阻まれ制圧されることは必至であると理解したうえで、象徴的な表現行為として柵を乗り越えようとしたものである。

(エ) そして被告人が認識した警察官による警備の状況はU証人ら本件イベントのスタッフにおいてもこれを認識していたことに加え(原審弁護人ら最終弁論要旨の9頁ないし11頁)、実際にも被告人は本件体育館敷地内から走ってきた私服警察官に押し戻され、その直後に柵の外側の歩道上において制服警察官に取り押さえられたのであり、被告人が柵の上縁に手をかけてから取り押さえられるまでの時間は7秒ないし8秒程度でしかない(甲16の時刻表示17:14:07ないし17:14:15)。

(オ)したがって「柵を乗り越えようとする被告人とUらが接触して転倒したりする危険」は抽象的あるいは観念的に存在するものであるに過ぎず、それがU証人らが畏怖しその意思を抑圧された結果、以降の業務遂行が不可能になる程度のものであったと結論付けることはできない。

エ 以上のとおりであり、「爆竹がUらの至近で爆発して火傷したり」する「危険」あるいは「柵を乗り越えようとする被告人とUらが接触して転倒したりする危険を内包する」という説示をもって業務妨害結果の抽象的危険性を肯定する原判決の上記説示は失当である。

⑵ 上記ⅱについて

ア 原判決は「仮に被告人が本件現場で取り押さえられなかった場合には、柵を乗り越えて体育館敷地内に侵入し、所持していた残りの爆竹をすべて爆発させるなどの行為に出た可能性が高い」と説示して、これを被告人の行為の危険性ないし「威力」該当性を認める論拠とするものである。

イ しかしながら、被告人が柵を乗り越えようとしたことは体育館敷地内に入ろうと試みた事よりもむしろ抗議のための象徴的な表現行為であったのであり、被告人は「(中に入ってまた爆竹を鳴らすとかそういう考えはあったんですか、という問いに対して)全くありませんでした」と供述しているのであって(被告人質問調書14頁)、原判決の説示を裏付ける事実あるいは証拠はどこにもないのである。

   ウ そもそも、本件イベント会場の警備状況に鑑みるのであれば「仮に被告人が本件現場で取り押さえられなかった場合には」と仮定すること自体が現実離れした立論でしかない。

     このような現実性を欠いた仮定の立論をもって被告人の行為の危険性を云々することは、現実に生起した事実をもって行為の危険性を判断するのではなく思想信条を含む被告人個人の属性に着目し行為者たる被告人の「危険性」を判断する主観主義刑法観に拠るに等しく、失当である。

   エ したがって、上記仮定を設定して被告人の行為の危険性を論ずる原判決説示は虚構に依拠するもので失当である。

  ⑶ そうであるから、原判決の「3 争点①」の⑵もまた刑法第234条の適用を誤ったものであり、これが判決に影響を与えることは明らかである。

 4 結論

   以上のとおり、原判決には刑法第234条について法令適用の誤りが多数存在し、これらはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである。

 

弁護団・控訴趣意書(中)へ続く)

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一審判決文 → https://kyuenmusasino.hatenablog.com/entry/2022/09/25/215456

裁判官ら(真ん中が竹下雄裁判長)