武蔵野五輪弾圧救援会

2021年7月16日に東京都武蔵野市で行なわれた五輪組織委員会主催の「聖火」セレモニーに抗議した黒岩さんが、『威力業務妨害』で不当逮捕・起訴され、139日も勾留された。2022年9月5日の東京地裁立川支部(裁判長・竹下雄)判決は、懲役1年、執行猶予3年、未決算入50日の重い判決を出した。即日控訴、私たちは無罪判決をめざして活動している。カンパ送先⇒郵便振替00150-8-66752(口座名:三多摩労働者法律センター)、 通信欄に「7・16救援カンパ」と明記

「被害者」の業務は妨害されていなかった…最終弁論要旨(前編)

弁護団と「被告人」 第7回公判(2022.7.4)

■武蔵野五輪弾圧(威力業務妨害罪)最終弁論要旨


                             2022年7月4日

東京地方裁判所立川支部 刑事第3部3A係     

                     弁護人      栗 山  れい子 

                     弁護人      山 本  志 都 

                     弁護人      石 井  光 太 

                      弁護人(主任)  吉 田  哲 也 

 

【救援会より】

 以下、弁護団最終弁論は、読みやすくするため、【証拠番号】の記述などを削除してあります。また、必要と思われる箇所には(※救援会注)という記述をつけてあります。

 弁論に登場する人物として以下あげておきます。

●A証人…起訴状で記載された、「業務を妨害された」というイベント会社社員。第2回公判で検察側証人として出廷。

●株式会社スパイダー…A証人が所属するイベント会社。聖火リレー実行委員会より、当日のイベント運営の業務委託を受けていた。

●B証人…当日現場で、被告人の黒岩さんとは別に抗議活動を行っていた市民として、当日の警備状況、黒岩さんの抗議、その後の状況を見ていた。第3回公判で弁護側証人として出廷して証言。

●鵜飼証人…鵜飼哲一橋大学名誉教授。オリパラの問題性を中心に、第4回公判に弁護側証人として出廷して証言。

 以上、加筆・訂正した部分のすべての責任は救援会にあります。

 

第1 前提事実

1 2021年7月16日、武蔵野陸上競技場では、東京オリンピックパラリンピック聖火リレーDay8が開催されていた。本件イベントは、2020年東京オリンピックパラリンピックに関連するイベントである。

2020年東京オリンピックパラリンピックは、本来、2020年に開催することを予定していたが、2020年1月より新型コロナウイルスの感染が拡大し、開催が1年延期され2021年に開催された。そして、東京オリパラの聖火リレーを公道で行えないため代替手段として本件イベントが開催された。

聖火リレーは、オリンピックの開会式で点火する炎をもってリレーするというオリンピックに関連しその前段をなすイベントで、開催都市以外の地方をリレーしていくことで全国的な雰囲気が高揚していくとされている。

2 被告人は、1990年代から野宿者を支援する活動をしてきた。そして、オリンピックといった大型イベントの開催にはそれに伴う再開発により野宿者が排除されることから、2013年から東京オリパラの招致に反対する活動をしてきた。

そして、東京オリパラの開催に伴う新国立競技場の建設においても多数の野宿者が排除されることとなり、被告人は東京オリパラの開催には反対の立場を取ってきた。

また被告人は、東京オリパラは、福島県原子力発電所の事故が収束をせず、新型コロナウイルスの感染が拡大する中での開催となることから、オリンピックを開催できる状況ではないとの理由でも東京オリパラの開催に反対してきた。

そして、こうした東京オリパラに反対する活動の一環として、2020年6月6日には、JR吉祥寺駅の前で東京オリパラの開催に反対するデモに参加するなどしていた。

3 本件イベントの会場であった陸上競技場は、武蔵野総合体育館と隣接しており、体育館敷地と公道との境である体育館の入り口が本件イベントの入退場口と使用されていた。なお、体育館及びその敷地は通常時は出入りが自由に行える場所であり、本件現場にも普段は柵は置かれていなかった。

しかし、2021年7月16日においては、陸上競技場及び体育館周辺は早朝から多数の警察官が配備され厳重な警備にあたっていた。体育館敷地内には警察車両が停められ、警察犬が出動するなどしていた。 

また、証人A(※救援会注:「起訴状」で業務を妨害されたというイベント会社社員。検察側証人として出廷)を含めたイベントスタッフの間でも、本件イベントやオリンピックに対する抗議活動が行われることは予測されており、これに対する対応についても本件イベント開催前にその方針が話し合われていた。

4 本件イベントは、午後2時28分に入場が始められた。その後も、何回かに亘って入退場が繰り返されていた(※救援会注:以下現場の状況に関する記述は、主に証拠採用された警察が設置した監視カメラ映像の分析、ならびに当日その場にいあわせた弁護側証人Bの証言に基づく)

そして、15時45分頃からは、体育館に近接する歩道で2020東京オリンピックの開催に反対する市民が拡声器を使い抗議活動を行っていた。

5 Aは、被告人が爆竹のようなものを持っていることに気づいたことから、被告人に声をかけ、体育館の出入り口の柵の内側にいる制服の警察官に手招きをした後、被告人の方を振り向いたときに爆竹が鳴らされたと証言している。また、爆竹の音については、「多分ちょっと僕も一瞬びくって、びっくりはしたんだと思います。」と感想を述べている。

5 その後、Aは、被告人が体育館の出入り口に置かれていた柵に手を掛けたところを、後ろから体を押さえた。被告人は、警備にあたっていた警察官により身柄を確保された後に柵の内側に連行された。

なお、Aは、「(退場者を)20分ぐらいは待たせたんではなかろうかと思います。」と感想を述べた。

 6 午後5時14分に被告人が警察官に身柄を確保された後、本件競技場から退出したイベント参加者の人数は以下のとおりである。

午後5時19分14秒に12名が退場し、同分38秒にも2名が退場、21分8秒にも1名が退場した。 

午後5時22分から23分にかけても退場者が集中し、34名が退場した。

午後5時27分から28分にかけて14名が退場し、午後5時29分から35分にかけては40名が退場した。そして、午後5時36分には最後の退場者と見られる人物が退場して、退場作業が終わっている。  

 

第2 公訴事実について

 1 争点

   本件においては、被告人が爆竹に点火して体育館敷地内に投げ入れて破裂させ、バリケード(プラスチックの柵であり、以下、単に「柵」という)を乗り越えて敷地内に立ち入ろうとした事実に争いはないが、公訴事実中、被告人が、「8DAYSの開催を妨害しようと考え」たとされる点、「威力を用いた」とされる点、「参加者の誘導、案内等の業務に従事していた株式会社スパイダー社員Aらに同業務の中断を余儀なくさせ」「同人らの業務を妨害した」とされる点は争点である。

 

 2 被告人が威力を用いた事実はない

 ⑴ 検察官の主張

検察官は、「Aらをはじめとする本件イベントスタッフら複数名が周囲にいる中、点火した爆竹を体育館敷地内に投げ入れて破裂音を生じさせ、バリケードを乗り越えて同敷地内に侵入しようとした」こと(以下、「本件所為」という。)が「人の意思を制圧するに足りる勢力」にあたり「威力」に該当することは明らかであると主張する。

 (2)  最高裁判例

しかしながら、

ア 検察官が引用する最二小判昭28年1月30日刑集7巻1号128頁は、「威力」の規定についてより詳細に「犯人の威勢、人数及び四囲の情勢よりみて、被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力」としている。

イ そして「個々の行為がこれに当たるかは、犯行の具体的態様、程度、当時の状況、行為者の動機、目的、業務の種類、性質、内容、被害者の地位等の諸事情を考慮」して判断するものとされている(最高裁判所判例解説平成4年刑事編149頁)。

 ⑶ 立証の欠如

しかるところ、検察官がその論告において上記⑵イの諸事情について摘示するところは「本件イベントスタッフら複数名が周囲にいる中」という僅か1点のみに止まっている。

すなわち上記⑴の検察官の主張は、被告人の行為の具体的態様、程度、四囲の状況を含めた当時の状況、動機、目的、業務の種類、性質等の多数の諸事情について一切顧みることのないまま、本件所為が「威力」に該当することは明らかであるという「結論」のみを摘示しているに過ぎない。

したがって本件所為が「威力」に該当することの立証は何らなされていないのである。

 ⑷ 本件所為は「威力」にはあたらない

ア 被告人の威勢、人数、犯行の具体的態様、程度等

(ア)本件所為は被告人単独で行われたものであり(本件所為時に本件現場付近で抗議行動をしていた市民らがこの本件所為に加勢したという事実は認められない)、多衆の勢力を利用したものではない。

(イ)被告人が使用した爆竹は、子供であっても雑貨店や量販店の店頭で容易に購入できる玩具であり、その購入に際して身分証の提示や使途の申告等を求められることもない。被告人が本件所為に使用した爆竹も所謂「百均ショップ」のダイソーで購入したものである。

爆竹に点火して破裂音を発生させることが中国においては祝事に際してなされていることは有名である。また本邦においても爆竹は子供の遊戯のみならず、地域によっては神社の祭礼に際して境内で爆竹を鳴らす、あるいは爆竹を鳴らしながら神輿を担ぐ、あるいは精霊流し等において爆竹を鳴らして破裂音を生じさせる用法で使用されている。本件で被告人が行った所為もこれらと同様の用法によるものである。

(ウ)被告人が点火した爆竹は一束程度であって、投擲行為は一回のみに止まる。点火した爆竹の破裂音が鳴った時間は甲16右上の時刻表示で17:14:05ないし17:14:07の2秒弱でしかなく(しかもその最初の1秒弱は、被告人が未だ体育館敷地内への投擲を行う前であって爆竹を未だその手に握持している時点で既に複数の爆竹が破裂して破裂音が鳴っている)、被告人の投擲を制止しようとしたAも「一瞬びくって、びっくりはした」とする程度の軽微な影響を及ぼすものでしかない。

(エ)上記爆竹の投擲の態様も、Aを含め本件イベントスタッフに向かって投げつけたものではなく、点火して既に鳴り始めた爆竹一束を被告人の利き腕ではない左手に持ったまま、制止しようとするAの身体をすり抜けるようにして避けながら1,2歩前進して柵の手前1m程度の位置まで歩み寄り、その位置から柵の内側1ないし2メートル程度先の体育館敷地内の人がいない「けっこう大きなスペース」に向けて、体と左腕を伸ばして左手に持った爆竹を軽く押し出すようにして投擲したものであり、この投擲の態様が威圧的であるということはできない。

(オ)被告人が乗り越えようとした柵はその高さが人の腰くらいまでしかないプラスチック製の簡易軽量な物であって、成人男子がこれに手をかけて乗り越え、あるいは人力で移動させようとした場合においても、さほどの腕力も威嚇的な動作も要するものではない。

そして被告人は爆竹の投擲後、直ちに柵の上縁に手をかけて体を柵の上に乗り上げてこれを乗り越えようとしたものの、柵を乗り越えていないことは勿論、脚部を柵の上縁に掛けた状態はおろか腹部ないし腰部を柵の上縁に乗せてその上半身が柵の内側に乗り出しているような状態にさえ至っていない。

() しかも被告人は直ちに体育館敷地内から走ってきた私服警察官に押し戻され、その直後に柵の外側の歩道上において制服警察官に取り押さえられたのであり、被告人が柵の上縁に手をかけてから取り押さえられるまでの時間は7秒ないし8秒程度であり、被告人が爆竹を投擲してから警察官によって制圧されるまでの時間は通算しても僅か10秒程度の出来事であるに過ぎない。

(キ)上記(ア)ないし(カ)のとおりであるから、Aも本件イベントの運営は基本的には滞りなく進んで終わった旨を証言し、続けて「最後、17時過ぎくらいにちょっと入口のところで少しだけ事件というか出来事があったので、それによって若干客を少し待たせたり等のことは発生したが、おおむねはうまく進行した」旨を証言しているのである。

すなわち、本件の起訴状に被害者としてその氏名が記載されているA においてさえ、本件所為は「少しだけ」のものであり、かつ「事件」ではなく「出来事」であると評価されているものでしかない。

イ 四囲の情勢、当時の状況等

(ア) 本件体育館並びに競技場は個人の邸宅ではなく、普段は出入りの自由な公共の施設である。そして体育館や陸上競技場はその競技がなされる際に陸上競技用のスターターの使用、競技に対する声援等の応援所為、場合によって歓声・ブーイング等もなされるのであるから、静謐の維持が厳に求められるような属性の建造物ではない。

(イ) そして本件現場たる上記体育館並びに競技場の入り口付近もまた、

① 周囲に市役所等の施設がある市街地に存在することに加え、

② 本件現場に面した道路は路線バスも通行する交通量の多い道路であってそれら自動車の走行音等も相当程度聞こえることに加え、

③ 本件所為時に近接する時間にはそれぞれ順に武蔵野市の防災行政無線と思しき午後5時を知らせるチャイム、並びにコロナウイルス感染症緊急事態宣言についてのアナウンスが、いずれも本件現場付近に設置された屋外拡声子局(スピーカー等)によって大音量で流されている。

したがって本件現場は喧騒のある市街地であり、しかも本件所為がなされた時間は夏季の平日たる7月16日の17時過ぎであって未だ日没にも至っておらず、人通りの途絶えた閑静な夜間というものではないのだから、静謐な環境にあるものでも静謐が求められる環境でもない。 

(ウ) しかも当時の本件体育館前歩道上では、イベントに反対する市民らによる抗議行動がなお継続中であった。

同市民らによる抗議行動の態様はプラカード等を持ったスタンディングをするだけではなく、拡声機を用い機械的に増幅された音声をもって本件イベントの会場たる陸上競技場のみならず通行人にも聞こえるように抗議アピールの内容を広く伝達しようとするものであり(被告人による行為の直前にも拡声機を用いてのアピールがなされていた)、したがって本件所為がなされた当時においても本件競技場周辺が静謐な状況にあったものではなく、また静謐が厳に求められる環境でもなかった。

() 本件イベントにおける警察による警備状況等

① さらに、「ちょうどこの日のイベントについては、どういうわけか制服警察の方がかなり多く、会場内、会場外も含めていらっしゃったので」と、これまで種々のイベント運営に携わったAも訝しんでいるとおり、本件イベントの当日の本件体育館周辺は警察犬まで投入した不自然なほどに厳重な警察の警戒のもとにあった。

② これら多数の警察官を動員してなされた警察による警備の態様は、本件体育館前歩道において抗議のアピールを行なっていた市民らに何ら現行犯的な状況が存在しないにもかかわらずその市民らの動向を容貌も含め撮影する違法行為(昭和44年12月24日最高裁大法廷判決参照)を間近で繰り返し、この違法行為に対して市民らから抗議がなされても一向に改めようとしないというものであり、同抗議行動に対して極めて敵対的かつ威嚇的なものであった。

③ そうであるから、本件所為がなされた当時その場所にいたAを含む本件イベントスタッフは、

ⅰ 本件イベントに際して制服私服の多数の警察官(警察犬も)が配備されていること

ⅱ 現に多数の警察官が本件現場の間近である体育館敷地内並びにその周辺で警戒中であること(体育館敷地内にいた警察官は、Aにおいて手招きすれば呼び寄せることができると認識する程度に本件現場との至近において警戒を行っていた。)、

ⅲ その警察官らが抗議行動をしている市民らに対し上記の違法な撮影行為をはじめとする敵対的・威嚇的な警備を繰り返していたこと、

ⅳ 自分たちでは対応しきれない「不測の事態」が生じたとしてもそれら警察官が即座に駆けつけその警備力を行使して制圧することは確実であること、

等を認識し、したがって終始心理的な余裕をもってその業務を行っていた。

④ このことに加えAは、株式会社スパイダー(※救援会注:Aの所属するイベント会社)が委託を受けた業務たる本件イベントの「運営」、具体的には「受付、場内の誘導、案内、駐車場の誘導」について同社の65名から70名という多数のスタッフの「統括」としてそれらに指示を出す立場にあり、本件現場のある体育館敷地内だけでなく、敷地の外辺りも対象エリアとして巡回し、オリンピック開催に抗議する市民らの動向にも目を配るほか客の通行の妨げにならないよう注意するようにスパイダー社スタッフに指示する等、スパイダー社の広範な業務全般に指示を出す立場にあった。

⑤ さらに「敷地の外でやられる分に関しては、黙認と言ったら失礼な言い方ですけど、特に何もこちらから規制をするようなことはしないでいこうというのは我々の共通認識です」、「全員、みんなで話し合って、こういう方向でいこうというふうに決めました」というのであるから、本件イベントの主催者もAを含め本件イベントに携わるスタッフも、東京オリパラの開催に反対する市民によって本件イベントに対する抗議行動がおこなわれることを事前に認識ないし予期していただけではなく、これを明確に警戒すべき対象としたうえで、その抗議行動が上記「敷地の外でやられる分」等の範疇を超えた場合には(警察の協力を得て)制止ないし阻止することとしてそのような事態への対処もまた事前に確認し共有していた。

すなわち、Aのみならず、本件所為の当時に本件現場にいた本件イベントのスタッフにとっても、本件所為は「青天の霹靂」ではなく「これありかし」であったのであり、想定外の事態が発生したというものではない。そのため、本件所為の前に被告人が爆竹を手にしていることに気が付いたAは即座に体育館敷地内にいた警察官を呼び寄せるに至っている。

(オ) 本件所為がなされた当時の上記の各状況は、仮に本件所為に威嚇的あるいは威圧的な要素が存在していたとしても、それらを著しく減殺する重要な事実である。このような状況下でA(あるいは本件現場にいた他の本件イベントスタッフ)の立場にある一般人が本件所為に直面したからといって、それによって心理的な威圧感を覚え、円滑な業務の遂行が困難になるということはできない。現に、

ⅰ 被告人による爆竹の投擲直後、Aは柵を乗り越えようとした被告人の身体を背後から抱き着くようにして押さえ、

ⅱ A以外の別の本件イベントスタッフもまた、市民らが警察官による被告人の逮捕に抗議してその制圧行為を撮影して記録しようとした際には、手にしたバインダー状のものを市民らの撮影機器の前にかざしてその撮影を妨げて上記制圧行為を積極的に幇助する

等、本件所為が面前でなされた直後においてもその意思を抑圧されることなく迅速に被告人を制止しあるいは警察官に協力して行動することができる状況にあり、また現にそのように行動している。

したがって、らがその業務の円滑な遂行が困難となるような心理的な威圧感を覚えていたという事情は認められない。

ウ 行為者の動機、目的

    そして、被告人は本件イベントを妨害するために本件所為を行ったのではない。 

被告人の目的は、東京オリパラの開催に対する抗議の意思を非言語的手段によって表明するところにある。

(ア) 被告人は本件イベントが終わる時間を自分で調べ、本件イベントが終了している時間に到着するように見計らって本件体育館に赴いている。

(イ) このように被告人が行動した理由は、「抗議行動を行なっている人はもう帰っていると、終わっているというふうにして、自分一人の意思をもってその抗議行動をやるというふうに考えた」(被告人調書)ことに加えて、「妨害するつもりではなく、抗議のつもりであるからイベントが終わった時間を見計らって現地に向かった」(被告人調書)というとおり、被告人が本件所為を行った目的が東京オリパラ及びその前段である聖火リレーに抗議の意思表明をするところにあったことによるものである。  

  (ウ) 被告人が本件体育館敷地前に到着して本件所為をした時間は17時14分頃であるところ、この時間はイベントが終了して参加者を退場させるタイミングであったというのである。

このことは本件イベントを妨害するつもりではなく、抗議のつもりであるからイベントが終わる時間を見計らって現地に向かった旨の被告人の主張と合致するものである。

(エ) 検察官はその論告において、被告人が本件所為を行った当時の本件現場付近にはAら本件イベントスタッフ、並びに抗議行動を行なっていた市民らがなお残っていたのだから、それらを見た被告人において本件イベントが既に終了していたと認識し得るような事情はなく、したがって被告人の主張は信用できない旨を主張する。

① しかし、本件イベントに限らず各種イベントの終了に際してはイベントが終了次第に直ちにイベント会場入り口に配置されていたスタッフが即座に撤収するとは限らない。参加者の退場の誘導・交通整理のみならず、会場内部の片付け、場合によっては資材の搬出等が終了するまでは関係者以外が立ち入らないようにスタッフが相当程度の時間会場入口付近に残存することなど稀ではない。現に、本件イベントの警備委託契約においては当日の午後8時までが契約期間とされている。

② このことに加えて、どのようなイベントにおいても参加者が退場するのはイベントの終了後になるのであるから、Aらのように退場者の案内、誘導の任にあたっているスタッフが、イベントの終了した後においてもなおイベント会場入り口付近に相当時間残留していたとしても何の不思議もない。

③ そして被告人のみならず、抗議活動をしていた市民らも本件イベントが終了した正確な時刻、終了してからどのくらいの時間で参加者がすべて退出するかなどその時には知る由もない。

そもそも、上記市民らが本件会場付近でアピールをしていた目的は、東京オリパラの問題性を広く市民や通行人に訴えることにあるのであるから、本件イベントが終了した後であってもなおしばらくの間通行人や会場から退場してくる参加者に向けて自己の主張をアピールするために本件イベント会場入り口付近で抗議行動を継続することは何ら不合理でも不思議でもない。

④ 以上のとおりであるから、本件のイベントスタッフや抗議行動をしている市民らがイベントの終了後もなおしばらく本件現場付近に残留していたとしても、それらの事実は、本件所為に際して被告人において本件イベントが未だ終了していないと認識した筈であるとすることの徴憑となるものではない。

検察官の主張は、本件イベントが終了しさえすればその主催者やスタッフ、警備を担当する業者はおろか東京オリパラや聖火リレーに反対して抗議行動を行なっていた市民でさえも「やれやれ終わったぞ」とばかりにステレオタイプなサラリーマンよろしくさっさと引き上げることが当然であるという思い込みを所与の前提とするものである。しかしこの前提自体が現実離れした思い込みでしかないことは既に述べたとおりであり、畢竟「お役所仕事」的な発想に基づく思い付きの域を出るものではない。

(オ)また検察官はその論告において、本件行為の目的が本件イベントの開催に対する抗議の意思表明なのであれば、本件イベントが終了してから抗議を行なっても、抗議の対象が既にないとしたらいわば「後の祭り」であって意味がないから被告人の主張は不自然であって信用できない、とも主張する。

 検察官の立論は大意

ⅰ 本件所為の目的は本件イベント開催に対する抗議の意思表明である、

 しかし終わってしまった本件イベントに抗議することは「後の祭り」であるから意味がない、

ⅲ だから終わってしまったイベントに抗議する目的であったという主張に信用性はなく、被告人は本件所為の際に未だ本件イベントは終わっていないと認識していた筈だ、

ⅳ したがって本件所為の目的は本件イベントを妨害することである、

というものである。

しかしながら、

② まず、そもそも被告人は本件イベントではなく、東京オリパラ、ひいてはオリンピック全般(その前段である聖火リレーを含む)に反対して本件所為を行ったのである。

このことを捨象して「被告人の目的が本件イベント開催に対する抗議の意思表示」と本件所為の目的を故意に狭く設定することは失当であり、本件イベントが終われば「後の祭り」などと評したところで完全に的外れである(後に問題だらけの「お祭り騒ぎ」御本尊が控えているのである)。

したがって上記①ⅰの検察官の立論は失当である。

③ そして既に上記(エ)の③で述べたように、自己の主張を伝達する抗議の目的であれば、たとえ本件イベントが終了した後であっても、終了からさほどの時間的隔離がない時点においてイベントの主催者、スタッフのみならず通行人や会場から退場してくる参加者に向けてその会場付近で抗議のアピールをすることは何ら不合理でも不思議でもない。

むしろ被告人の会場への入場が拒まれる蓋然性の高い本件イベントの場合は、本件イベントの開催中にその会場たる陸上競技場から離れている本件現場でアピールをするよりも、イベントが終了して退場する参加者が出てきた際にアピールをする方がその意思表明を実効あらしめるとさえ言い得る。

したがって上記①ⅱの検察官の主張も失当である(そもそも検察官の所論は、これに拠る場合には事後的な抗議はすべて「後の祭り」ということになりかねない放言であり、この意味でも失当である)。

④ 上記①のⅲ並びにⅳの立論は、同ⅰ並びにⅱの立論をその前提とするものであるから、理由なきものに帰するものである。

⑤ そもそも、被告人は本件イベントの終了時刻を見計らい、同終了後に本件現場に赴いているのだから、同人に本件イベントを妨害する目的があった、としようとすること自体に無理があるのである。

 ⑸ 小括

以上のとおりであるから、本件所為が「被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力」と評価しえないことは明らかであり、被告人が「威力」を用いた事実は存在しない。

 3 本件所為がAらの業務を妨害した事実はない

⑴ 検察官の主張

検察官は論告において、「このような本件行為が本件イベントの参加者等の入退場用出入り口のある本件現場で行われた場合、本件イベントの参加者等に係る誘導等の本件業務に従事していたAらが、自らあるいは警察官らとともに、本件行為やこれを行った被告人に係る対応等を余儀なくされ、ひいては本件業務が妨害されることは容易に想像できる。」として、本件所為によるAらの業務に対する妨害の抽象的危険を論じたうえ、「実際、本件においても、退場する参加者等を約20分待機させざるを得なくなるなどAらの本件業務は中断を余儀なくされている。」として、本件における具体的業務妨害の結果が生じていると主張する。

しかし、以下に述べるように、本件所為は業務妨害の抽象的危険を有するものではなく、また、本件所為によって妨害の結果も生じていない。

 ⑵ 本件イベント本体への影響

本件イベント本体については、検察官は業務妨害の対象業務としていないところであるが、本件所為が本件イベントに何ら影響を及ぼしていないことを指摘しておく。

本件イベントは、本件当日の14時30分ころから17時30分ころまでの時間帯で、調布市三鷹市武蔵野市の順で、関係者の入れ替えを行いながら、トーチキス等を行うことが予定されていたが、イベント自体は被告人が本件現場に登場する前に終了しており、被告人が本件所為を行ったのは、イベント参加者を退場させるタイミングであった。したがって、本件所為は、本件イベント本体に何ら影響を及ぼしていない。

 ⑶ Aらの業務への影響

ア 「Aらの業務」について

先ず、妨害されたとされる「Aらの業務」について検討する。

 Aは、勤務する()スパイダーが委託を受けた業務について、本件イベントの「運営」、具体的には「受付、場内の誘導、案内、駐車場の誘導」と説明したうえ、出入り口のある体育館敷地内だけでなく、敷地の外辺りも対象エリアとし、オリンピック開催に抗議する市民らの動向にも目を配り、ほか客の通行の妨げにならないよう注意するようにスパイダー社のスタッフに指示していた。

このように、()スパイダーが請け負った「Aらの業務」は、単に「本件イベント参加者等に係る誘導等の業務」に限定されるものではなく、本件イベント全体をスムースに進行させるための広範な業務を担当していた。警察官を除いた運営関係者7,80名から100名中、65名から70名という大多数の人数を()スパイダーの関係者が占めていたということからも、本件イベントにおける「Aらの業務」が広範囲に及ぶものであったことが推認できる。そして、その中には、当然予想されるオリンピックの開催に抗議する人々への警戒・対応も含まれ、更には本件所為のような事態が生じた場合の対応も含まれていたというのである。

イ 業務妨害の抽象的危険の不存在

被告人の本件所為は、爆竹を投げる、柵を乗り越えようとするものであるが、爆竹に点火されたのは1回で破裂音も連続して1回鳴っただけであり、被告人は柵に手をかけて体を持ち上げようとするもすぐに羽交い絞めにされて取り押さられており、いずれの行為も一瞬の出来事である。これによって直接Aらの業務が妨害される余地はほとんどなく、業務妨害の抽象的危険もない行為というべきものである。

これに対して検察官は、本件所為によって、Aらが、自ら及び警察官らをして被告人対応を余儀なくされ、引いてはAらの業務が妨害されると主張する。

確かに、本件当日本件現場では、警察官によって被告人の身体制圧、身体拘束が行われ、また、警察官によって公道と敷地との境界線付近に規制線が敷かれ、当初設けられていた出入口からの入退場が制約される場面が生じている。しかし、これらは、被告人に対する本件当日の警察官の極めて過剰な対応によって生じたものであって、本件所為自体の持つ業務妨害の抽象的危険とは別物である。検察官の主張は、本件当日の過剰な警備状況を無視するものであり、当たらない。

ウ 業務妨害の結果の不発生

(ア)退場する参加者を20分待機させたという点

退場するイベント参加者を20分待機させたとの証言は、検察官主尋問におけるA証言におけるものである。

Aらのどのような具体的業務が妨害された結果、イベント参加者が20分待機することとなったのかについて検察官が一切明らかにしていない点は一時措いて、

① この「20分」という時間が証言されるまでの間、Aは、「上で退場する人を止めていました。一瞬止めていましたので、」「上で止めていたのは、お帰りになるお客様を一瞬止めていました。」(A調書)などと、およそ「20分」という時間にそぐわない証言を繰り返している。そのうえで、唐突に「20分ぐらい」という時間が証言されたものであるが、退場者を待機させた時間が20分であるとする具体的根拠は示されてもいない。

② 他方で、17時19分から21分にかけて武蔵野市長その他の退場者があり、その後も17時22分から23分、及び17時29分から35分の時間帯に、それぞれまとまった退場者がみられるのである。本件事件の発生が17時14分、被告人が逮捕され本件現場付近から離されたのが17時15分であるから、ほぼ事件発生から20分以内に退場が完了したといえるのである。

③ 従って、退場者を20分待機させたというA証言は信用できないものであり、逆に、「一瞬止めた」というAの証言が、実態を正しく表現しているものである。

  なお、本件イベントの予定表によれば、武蔵野市関係の参加者の退場完了時刻は17時36分と予定されており、上述の通り本件当日の退場時刻に予定よりの遅れは生じていない。

(イ)Aらの業務を中断させたとの点

① 前述の通り、「Aらの業務」は、本件イベントに対するオリンピックの開催に抗議する人々への対応を含むものである。したがって、Aらが被告人の行動に対応すること自体は、業務の中断ではなく業務の遂行であって、中断を論じる余地はない。

② その他の「Aらの業務」に対して被告人の行動が与えた影響であるが、警察官が被告人を取り押さえて体育館敷地内に連れて行った後の行動についてAは、「柵が倒れたとかちょっとしているので、それをちょっとしまったりとかっていうので、我々の業務のほうへ、なるべく通常業務のほうへいこうということにしました。」「一瞬止めていましたので、・・・お客様をどういうふうに出そうかというところで、通常業務に戻ったと思っています。」(A調書)と述べている。

③ しかし、実際には倒れた柵はなく倒れそうになった柵(被告人が乗り越えようとしたものではなく、制服警察官が制圧した被告人を柵の前から引き剥がす際の勢いで倒れそうになったもの)が他のスタッフによって元に戻されているのは17:14:14のことであるし、しかも乱れた柵を並べ直す作業は同号証の17:14:28すなわち被告人による爆竹の投擲行為から20数秒後には完了している。これらはいずれも取り押えられた被告人が敷地内に連行される前の出来事である。

  その間Aは、既に警察官によって制圧されている被告人に対する逮捕行為を手伝うような素振りを見せ、柵の内側の体育館敷地内にいるスタッフに何か指示を出した他には、柵の外側の歩道上で特に何かをするわけでもなく、柵から出ようとするイベント参加者がいれば手招きしてその退場を誘導する等、同人の言う「通常業務」も滞りなく行っていた。

そして被告人の本件所為の開始から約1分後には柵から体育館敷地内へと入り、その後階段の方に向かって行って「通常業務に戻った」(A調書)としている。

  そうすると、Aらは本件発生後2ないし3分程度後には同人の言う「通常業務」に戻っていると思われるのであって、しかもAは被告人が取り押さえられた後、柵の中に入るまでの間、特段何かの業務に忙殺されていたわけでもない。

したがって本件所為によってAらの「通常業務」が中断することはほとんどなかったといえる。

(ウ)以上、本件所為によってAらの業務に対し、実質的妨害の結果は生じていない。 

    そうであるから、本件所為によってAらがその円滑な業務の遂行が困難となるような心理的な威圧感を覚えていたということもまたできないのである。

4 小括

   以上のとおりであり、本件所為が威力業務妨害罪の構成要件に該当するということはできない。